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« ポリーナ&フォーゲルの「白鳥の湖」 | トップページ | 「弓」キム・ギドク監督作品 »

2006/09/30

「ゆれる」

「ゆれる」西川美和監督:脚本 香川照之 オダギリジョー 真木よう子 伊武雅刀 蟹江敬三 新井浩文 木村祐一 天光真弓 

吊り橋から転落した智恵子の死は事故だったのか、それとも、兄、稔に突き落とされたのか?弟、猛は現場の近くにいたけれども、彼女が転落した瞬間は見落としていたのか、それとも...。

とてもよくできた映画であり、見ている間ずっと緊張感が持続する。若い女性が脚本を書き撮ったとは思えないほど、人間の暗い側面と心理が描かれているし演出も達者だ。何よりも、出ている役者が全員素晴らしい。いい映画だと思うし、絶賛評が出てくるのは当然だ。

ただし、ちょっとだけ苦言を言いたいと思う。ストーリーテリングを進める上で、せりふにあまりにも依存しすぎるのが気になった。智恵子が田舎の鬱屈した生活に息が詰まりそう、もう未来はないと語ったり、稔が刑期を終えようとしているのに父が年を取って迎えにも行けないと、バイトの男性(新井浩文)が言ったり、せりふが少し説明的過ぎるのだ。せりふに依存しないで世界を作ることができる力量がある監督=脚本家だと思うので少々もったいない。真木よう子もそのあたりがせりふがなくとも演じられる女優だと思うし。また、この映画は、主要な登場人物だけで世界が閉じている気がする。人の噂があっという間に広まりそうな田舎町で居心地が悪いというところが描かれていないし、事件が起きてからは、殺人容疑者の家族ということでもっといろいろとありそうな感じがするのだが、その辺はまったく省略されている。意図的にそれはなされているとは思うのだけど、それにしても、すごく閉じた世界での出来事で、社会とのつながりがほとんどないという感じがした。

でも、それは、全体から見れば些細な瑕と思われる。

前述の通り出演者の演技はみな素晴らしい。特に名演技を見せてくれたのは、兄である稔を演じた香川照之。よくできた兄という役柄を引き受け、頑固で偏屈な父と一緒に田舎のガソリンスタンドを切り回し、誠実で働き者で、異性に対しては不器用である。東京で売れっ子のカメラマンとして華やかな暮らしをしている弟、猛とは光と影のような対照的、だけど実は表裏一体をなしている人間だ。優しくまじめで頼れる兄貴、という表の顔の裏に存在するダークサイドも感じさせてくれる。吊橋の上で智恵子に歩み寄っていく時、智恵子は「やめてよ近づかないで」って叫ぶ。なんとなく、女には好かれないようなちょっと不気味な面を覗かせているのだ。接客をしている時の笑顔も、弟に向ける笑顔も、なんだか張り付いたような卑屈な笑顔で、心から笑っていないように感じられる。唯一、本当に心から笑っているのは、ラストシーンのところだけ。ぞくぞくするような見事な演技。

母の葬式で実家に帰ってきた猛は、帰りに幼馴染で、ガソリンスタンドで働いている智恵子を車で送り、ついでに抱いてしまう。稔が彼女に好意を持っているということが、彼の欲望に拍車をかけた。遅い時間に家に戻ってきた猛は、彼女と飲んでいたということにして誤魔化すのだが、実の顔は、明らかに二人の間にあった出来事を見抜いていながらも、それを取り繕うかのようなうそくさい笑顔なのだ。

猛役のオダギリジョーは、これ以上はないってほどのはまり役。カッコよくて垢抜けていて、ちょっと刹那的でいかにも都会の匂いをさせているセクシーな男。だけど、面倒なところは全部兄が引き受けたということで彼に引け目を感じているし、人間のよくできた兄を尊敬している。逆に、兄が面倒なことを全部引き受けるという役割を果たしていることで、兄は弟に対して絶対的な優位、支配関係に立っているともいえて、それが、この二人に緊張関係をもたらしている。そのあたり、香川照之もオダギリジョーも表現するのがうまい。

智恵子を演じた真木ようこは、本来この役には美人過ぎるくらいとてもきれいな人なのだけど、田舎でくすぶって婚期を逃しつつある(年齢的には全然若そうなのだが、田舎の傾向として)焦燥感と垢抜けない部分を感じさせていた。猛が「おれ、部屋に上げてもらおうかなー」って言った時の反応も絶妙だったし、よかったと思う。

主役3人以外にも、兄弟の父を演じた伊武雅刀、兄弟のおじであり弁護士の蟹江敬三、ガソリンスタンドの店員役の新井浩文、智恵子の母天光真弓とよい役者が揃っている。。


智恵子のアパートで、猛が彼女を抱くまでのカット割りや演出が実に達者だ。まな板の上での切りっ放しのトマト、ベッドの横に並べられた猛の写真集、これらが、人物以上に多くのことを物語っている。

だが、根本的に、この映画は稔と猛の話である。智恵子をはさんだ三角関係になると思いきや、途中で智恵子は死んでしまい、実際のところ、この映画の中での彼女の役割は触媒でしかなくて、核ではないのだ。智恵子をめぐる物語はとてもあっさりとしている。当然、智恵子の死に二人はショックは受ける。けれども、そんなことよりももっと大きな問題があると二人は感じ、それは、兄弟としてどのように接し、何をすべきかということ。

智恵子が転落した瞬間を、猛が目撃したのか、していなかったのかは明らかにされていない。しかし稔は彼女を突き落としてしまったと認めてしまい、彼は逮捕され、裁判が始まる。最初猛は兄を無罪に導こうと、有利な証言をするが、稔には、無罪になろうという意思が存在しないように見受けられた。裁判で、そして兄と弟の面会で、二人がお互いに対して思っている気持ちが残酷なまでに赤裸々にぶつけられ、猛は稔に不利な証言をして、稔は有罪となる。

それにしても、あまりにも心をえぐるような言葉の数々。赤裸々なやり取り。判事は、解剖された智恵子の遺体からは精液が検出されたといい、稔は、自分が女性にもてるほうではなかったと悲しそうに告白する。

面会室での猛と稔の応酬の激しいこと。これだけの激しい感情のぶつけ合いができるということは、それだけ、二人の間の兄弟愛や絆が存在していたから。多くの愛を求め、それがかなえられないと、それは失望となって、相手を裏切る行為へとエスカレートしていく。この兄弟は、普通の兄弟よりも強い愛情で結ばれており、その前提が崩されようとした結果、弟の気持ちはぐらぐら揺れて、弟の証言で兄が投獄されることになったわけである。その激しさには、兄弟愛をも超越した特別な感情の存在すら感じられてしまう。


猛は出所した兄を迎えに行くが、刑務所に着いたときには彼はもういなかった。家とは違う方向へと歩いていく稔をようやく見つけて、道の反対側で走りながら「お兄ちゃん、一緒に帰ろう」と叫ぶ猛、その声が聞こえない稔。バス停のところで、バスが到着する一瞬前に猛に気がついたのか、笑顔を見せた稔。どんな意味の笑顔だったのか、猛に気がついていたのか、彼は果たしてバスに乗ったのか、実際のところ智恵子はどうやって死んだのか。何一つ明らかにされていない。だけど、明らかにされなくていいのだ。稔と猛の心の揺らぎは刻み付けられているのだから。

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映画」カテゴリの記事

コメント

すばらしいレビューで、小説のあとがきを読んでる気分になりました。

私もとても感銘した作品でした。役者一人一人が本当に素晴らしく、みんながこの作品を愛して作ったという熱意が伝わってきました。

「セリフに依存しすぎているのが残念」ということですが、多分、監督としてはこれでも最小限だったんじゃないかと思います。
映画を見たあと、ノベライズを読んだのですが、映画では語られてない主人公達の思いや、そのときの状況がこと細かに描かれています。

想像力に乏しい私には「なるほどー。あれはそういうことだったんだー。」と改めて納得する部分がたくさんありました(^^;
まだ未見でしたら、ぜひ一読されてください。

トラバさせてください。

こんにちは~。naomiさん1回の鑑賞でよくここまでお書きになれますね~。ゆれる、まだ上映中とは随分ロングヒットですね。私は映画を観たあと、西川監督の原作本を読み仰天しました。ち、ちえこ、そうだったのかっ!?と。蟹江&伊武兄弟の関係性なども、もう一度絵を見てみたくなり二回目観にいきました。法事で徳利から滴り落ちる酒のしずくや、冒頭の猛の性格を見せ付けるシーンの数々、あの車の音なんかも巧いです。香川さんは「役に近づく必要はなかった、なぜなら稔は僕自身だから」とキネ旬で語っていました。互いに本当に信頼し合って仕事をされた監督と主演2人の対談面白かったです。

yasuyoさん、はじめまして。ようこそいらっしゃいました!トラバありがとうございます。
原作、面白そうですね。ぜひ読んでみたいと思います。映画の中で語られていない思い、知りたいですね。私も決して想像力豊かではないので(笑)よい情報をありがとうございます。レイトショーで観たので、売店などに寄っているじかんがなかったのです。

さるしっちゃーさんもご覧になっていたんですね。しかもキネ旬のインタビューまで読まれていたとは。細かいところまでいろいろと作られているんですね~。

はじめまして。takiと申します。
うわ、すごいレビューを書かれますね。
映画もそうだが、あなたのレビューがすごい。

あえて書いておられる苦言も、映画を見ていて
違和感のあったところをきっちり書かれておられて、
感服致しております。

プロフィールを読ませて頂きましたが、プロの文筆家殿なのですね。
いや、さすがです。

他の感想も見ましたが、どうにもオダギリさんにやられてて、
ファンコメントになってるようなものが多いので、
さらにも増して、こちらのレビューの輝きを意識させられてしまいます。

あのラストシーンの笑顔はどんぴしゃでしたね。

しかし、僕の感想を書かして頂くと、
女性の視点を抜け切れてないなぁ・・・・、と。

基本的に男の兄弟はそれほど女性を取り合いをしないですから。
そこが事件の起点というのに違和感が。

あの兄弟に関してはそうだったにしろ、やはりレアケースに近いものは、
感情移入が難しくなるわけで、西川監督の脚本も20回も訂正を行ったと言うことは
(フジ、軽部アナの解説より)
やはり女性的な視点を抜く作業がその中にあったと思います。

描き方はかなり秀逸なのですがストーリーとして登場人物の心情に踏み込んでなかった、
(兄弟の確執の根本が描かれなかった、香川さんがああ荒れて厭世的になった原因も不明。
もし罪悪感からの崩壊なら、それも女性っぽい)
でも、わざとあの描き方をした、というところが、
男性の一意見として、もどかしさが興味をそそる部分にはなりえず、
面白みを欠いてしまう元になってしまいました。

また、演出でしょうがセリフがまったく聞き取れない。
ボリュームを大きくすれば感情的な怒鳴りが必ず起こると言う
辟易とする展開でした。

だからもったいないなぁ、と。
香川さんの演技、オダギリさんの表現力にはグイっと引き込まれるのに、
真木さんやたらキレイなので、オダギリさんが東京から
連れてきたのかと思いましたよ。

僕としては名作と言えないと思うのですが、それは観客に解釈を手渡してしまうことで、
感想が別れてしまっては、安定した評が作品としてもらえない、
と、ここももったいなんですよね・・・・。

あ、長文失礼m(__)m

しかし、視聴後のすっきりしなかったですが、
このレビューでカタルシス頂いたのでありがとうございます。

takiさん、はじめまして。
古い記事へのコメント、ありがとうございます。最近も映画はそこそこは見ているのですが、なかなか感想を書く暇がなくて。
そして、男性の視点からの感想、とても面白く読ませていただきました。せりふが聞き取りにくいのは最近の日本映画によくあることですよね。
もう少し人物像に踏み込んでほしかったというのも同感です。いいところもたくさんある作品ですからね。西川さんの次の作品にも期待したいと思います。

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» ■ゆれる■ [くれぷるぽっぷ♪]
感想は・・・とにかくすごい! この一言。 稔(香川照之)と毅(オダギリジョー)のやり取り・・・役者と役者のガチンコも見応えたっぷりだし、静かな場面なのに妙な緊張感が漂ってドキドキしたり・・・ なにより、監督が凄い。撮り方や演出がド素人の私から見ても、普通じゃないと思った。 前作の「蛇いちご」も見てみたくなった。 映像が凄いと思ったのは、あちこちにあるんだけど、特に感じたのはやはりこの映画の一番のメイン  つり橋 での映..... [続きを読む]

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