「マッチポイント」ウディ・アレン監督作品
ウディ・アレンはニューヨークの人だったのに、ついにそこを脱出して今はイギリス在住だという。制作はBBCだし、舞台もイギリスの上流階級のお話。 恋愛映画かな、と思わせて途中からはサスペンスで、最後はコメディ?
さすが階級社会のイギリスだけあって、セレブの生活ってすごい。運転手の送迎は当たり前で、郊外の広大な別荘ではポロ用に馬を飼っていたり、ロイヤルオペラに寄付していつでもオペラがボックス席で観られるし、お嬢様の趣味でギャラリーまで始めたり、できないことはないんじゃないかと思ってしまう。
アイルランドの貧しい家出身のテニスプレイヤー、クリスが、プロを引退してテニスコーチになる。生徒の中に上流階級の青年トム・ヒューイット(これって、ダイアナ妃の愛人と同じ名前じゃないかしら)がいて、オペラの話をしたことから気に入られる。彼の家はロイヤルオペラハウスに多額の寄付をしているため、オペラに招待されたところ、彼の妹クロエがクリスに一目ぼれ。やがて家族ぐるみの付き合いをするようになって、クロエとクリスは婚約。だが、クリスは、悪魔的な魅力を持つトムの婚約者、ノラの虜になる。
やがてクリスとクロエは結婚し、クリスはクロエの父の会社に就職して目をかけられる。豪華な新居に暮らし何一つ不自由ない生活だけどなかなか赤ちゃんができない。一方トムは、女優の卵でアメリカ人であるノラを、彼の母親が気に入らなかったために別れ、別の女性と結婚する。偶然美術館でノラに再会したクリスはノラとの不倫におぼれる。不妊治療に通ってもクロエとの間に子供はできないのに、ノラはクリスとの子を身ごもってしまう。そして妻と別れることを迫られたクリスは...。
(ネタばれでいきます)
若くて貧しくて野心にあふれた青年が、邪魔になる相手を殺してしまうという物語は、今までに語りつくされてきた。「死の接吻」しかり「太陽がいっぱい」しかり。一歩間違えると、火曜サスペンス劇場になってしまう。しかし、単にそこで終わらない、ひねったところがウディ・アレンらしい。
物語自体がテニスの試合になぞらえている。クリスの語りで始まる説明は、ネットの上端にボールが当たったとき、それが向こう側かこっち側かどちらに落ちるかで勝敗が分かれるという話。最後は、運がいいか悪いかで決まるのだ。絶体絶命のピンチになっても、最後まで勝負は諦めてはならないということでもあるし、人生も最後までどうなるかわからないという意味もある。
ジョナサン・リース・マイヤーズは美貌の持ち主なんだけど、どこかひねくれた感じと影があって、いかにも貧しい家出身の青年という感じ。でも、頑なに奢られることを嫌がったり、おいしい提案があっても一度は遠慮してみせるなど、プライドはしっかり持っている。だからこそ、上流階級のヒューイット家に気に入られたのではないかと思われる。一方、同じ貧しい家出身のノラは、トムの母親にあからさまに嫌われている。アメリカ人で女優志望で、セクシーすぎるから。しかしこの二人は、お互いに同質のものを嗅ぎ取って惹かれあってしまうってわけだ。 スカーレット・ヨハンセンはエロいです。この人、実はそんなに美人じゃないし背が低くてスタイルも良くないのに、なんでこんなにめちゃくちゃいい女に見えてしまうんでしょうかね。ぽってりした唇とか、視線の使い方かな。それがフェロモンってことなんだろうか。
ウディ・アレンはアメリカ人なのだけど、イギリスの上流階級のゆるぎなさというものに対しては、かなり好感を持っているように思える。クロエはいかにもお嬢様でおっとりとしていて、性格が良い娘で、クリスの不貞についてもあまり気がつかない。彼女の兄のトムにしても、親に対する些細な反抗でノラと付き合うものの、結局母親に逆らえずに別の女性と結婚する。彼らの父親も、普通だったら財産目当てでうちの娘に近づいた、とクリスを警戒するだろうに、彼を気に入ってとても大事にするし株で損を出したと聞いたら補填しようとする。芸術に対しても、パトロンとして気前よくお金を提供してきた。本物のお金持ちというのは、お金があるだけじゃなくて、品格があるということを体現しているヒューイット一家である。
一方、ノラについては、誰が見てもクラクラするようないい女という感じの色っぽい美女なのだが、ひとたびクリスがクロエと別れてくれないとなると、電話をかけまくったり会社にまで押しかけていったりと、せっかくのクールなファム・ファタル振りが台無しになってしまう。そのノラの態度に振り回され、精神的にも追い詰められて余裕をなくしてしまうクリス。クロエがずっと子供を欲しがっていて不妊治療にも連れて行かされていることについても、うんざりしているし、馬脚を現したって感じの小物ぶりだ。そのへん、ジョナサン・リース・マイヤーズは実に演技がうまい。 美男美女の恋の駆け引きを期待した観客に、ウディ・アレンが舌を出しておちょくっているのがわかって小気味良い。
ノラと隣家の老女が猟銃で殺されたってことで、捜査に当たる刑事二人組のとぼけっぷりが面白い。こいつらが出てきた時点で、シリアスな終わり方にはならないってわかってしまうけどね。そして、オチは、冒頭のテニスボールがネットに当たるシーンと見事な対を成すものであった。
でも、結局、人生は終わりになるまでどう転ぶかわからないっていう話。今回はたまたまついていたけれど、それがクリスにとって幸運だったのか不幸だったのかは、なんともいえないってわけだ。
ロイヤルオペラハウスに家族で出かけたりするシーンが多いこともあって(「椿姫」は舞台もちょっとだけ登場する)、全編にオペラのアリアが効果的に使われている。特に老女とノラをクリスが殺害するくだりの使われ方はドラマティックかつちょっと皮肉でよかった。
監督:ウディ・アレン
出演:ジョナサン・リス・マイヤーズ 、スカーレット・ヨハンソン 、エミリー・モーティマー 、マシュー・グード 、ブライアン・コックス
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» 「マッチポイント」:田町駅前バス停付近の会話 [【映画がはねたら、都バスに乗って】]
{/kaeru_en4/}田町といえば、ウディ・アレンだな。
{/hiyo_en2/}どうして?
{/kaeru_en4/}たまち、たまっち、たまっちぽいんと・・・なんちゃって。
{/hiyo_en2/}「マッチポイント」って言いたいわけ?
{/kaeru_en4/}明快だろ?
{/hiyo_en2/}あなたのジョークは、ウディ・アレンには、とおおおおおおく及ばないわね。
{/kaeru_en4/}そうなんだよな�... [続きを読む]
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この映画、面白かったですねー。うちではかなり好評でした。シリアスかと思いきや軽くかわされて、ウディ・アレン、上手いな~、と。
アレンとスカーレット・ヨハンソン(アメリカではジョハンソンと読まれるようですが)の2作目も近々見たいところです。
投稿: Pon | 2006/09/25 04:21
Ponさん、こんにちは!そしておかえりなさい。
ちなみに、シティセンターには行く予定です。
この映画、予想を思いっきり裏切られる展開で面白かったですね!ウディ・アレン本人が出てこないのもかえってよかったのかもしれません。最近やや不調だった彼ですが、この映画では冴えていましたね。
次回作にもスカーレット・ヨハンソンが出るんですね。アメリカだとやっぱりジョハンスンですか。
彼女の出演した「ブラック・ダリア」、エルロイの原作が好きなのでとても楽しみにしています。
投稿: naomi | 2006/09/26 02:11
あ、naomiさん、またもうすぐこちらにいらっしゃるんですか!また何かありましたらメールしてくださいねー。私は実は日本に帰らなければならない用が出来るかもしれなかったのでチケットを買えなかったんですが、今日それが回避されたことが分かったので、どの組み合わせで行こうか今更考え中です。
ブラックダリア、私も見たいと思っているんですよね。TVで流れた予告編が良い感じで。
投稿: Pon | 2006/09/26 04:27
Ponさん、
26日~28日の3日間という超突貫で行って来るんですよ。ほとんどシティセンター缶詰です。またお会いできるといいですね。
ブラックダリアは、知り合いのノワール好き映画評論家がほめていたので楽しみにしています。ジェームズ・エルロイは大好きでほとんどの小説を読んでいるのでした。
投稿: naomi | 2006/09/27 02:08