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« アメリカン・バレエ・シアター「白鳥の湖」とエミー賞 | トップページ | 吉田都さん、Kバレエ移籍 »

2006/08/24

「ユナイテッド93」

2001年9月11日の同時多発テロでは、4機の飛行機がハイジャックされた。2機は世界貿易センターに、1機はペンタゴンに突入した。そして、もう一機はどこに突っ込むこともなく、クリーヴランドに墜落した。それがユナイテッド93便だ。

この映画を見る前に、原作といっていい本「ユナイテッド93 テロリストと闘った乗客たちの記録」を読んだ。猛スピードで畑にほぼ垂直に墜落した飛行機は木っ端微塵になり、生存者は一人もいなかった。それどころか、一見して遺体すら見当たらないほどであった(それはあまりの衝撃に、人体が断片化してしまったからであり、よく言われている陰謀説のように誰も乗っていなかった、ということではない)。したがって、この飛行機の中でいったい何が起きたのか、目撃者はいない。飛行機電話や携帯電話で乗客とやり取りをした家族ほかの人間と、管制官、そしてフライトレコーダーだけが記録となって残っている。よって、映画で描かれていることがどこまで真実に迫っているかはわからない。ただ、前述の証人たちがいて、彼らの話に基づいて、できるだけ真実に近いところまで迫ろうとしている映画である。

主人公はいない。固有名詞はほとんど登場しない。一人の人物に焦点を当てることもない。音楽もドラマもほとんどない。ただ、自分が事件の目撃者であったかのように感じさせられる、そんな映画である。

9月11日の朝、4人のイスラム系の男性が祈りを捧げ、コーランを読むところから始まる。一見普通の若い男性たちにしか見えない。いつもの朝、パイロットやフライトアテンダントがフライトの準備をする。待合室で待つ人々。乗り込む乗客。一人の客は遅れそうになり、ぎりぎりでやっと間に合って飛行機の扉が閉まる。この飛行機が二度と着陸することがないと知っている私たちは、あの時彼が間に合わなければ、と思う。機長からは明るい挨拶のアナウンス。

映画の前半は、主に管制官室で繰り広げられる。突然、不審な動きをする飛行機。管制官の応答に答えない飛行機。代わりに不審な声が聞こえてくる。そして、レーダーから消えた飛行機。それも一機や二機ではない。管制官はパニックに陥る。裏を取るために他の管制センターに連絡を取る。どの飛行機が正常で、どれが異常なのかもわからない。ハイジャックを疑うものの、ハイジャック信号も飛んでこないし、犯人からの要求もない。大混乱に陥ったところ、CNNをつけると、小型飛行機らしきものが世界貿易センターに突っ込んで大爆発が起きている映像が大写しになっていた...

この管制官たち、さらには軍人の中には、本人役で出演している人たちが何人かいるという。本職の俳優ばかりではない人たちばかりだ。あちこちの管制センターに話が飛ぶので、全貌を把握するのが難しい。でも、考えてみれば、実際にこの事件が起きた時も、何がどうなっているのかわからなくなって、みんなパニックに陥ったわけだ。そう考えると、逆に凄くリアルさが感じられて怖い。前半のやりとりだけでも、ものすごく緊迫感がある。

そして、管制官たちは、生中継で、2機目が突入するところを目撃してしまう。何もドラマティックな演出も効果音もない。一同はその瞬間、凍りついたようになる。そして、本当にとんでもないことが起きたことを悟る。

軍に出撃命令が下されるが、米国の空の上には何千もの航空機が飛んでいる。撃墜は大統領の許可がなければできない。重要な判断を下すべき人間が休暇で不在。肝心な時に役に立たない人ばかりでますます混乱に拍車がかかっている、その様子が実にリアルだ。

機内。ファーストクラスに座った4人のテロリストたち。しかし、彼らもまた、計画を実行するのを躊躇している、極度に緊張している者もいれば、早く取り掛かりたくてうずうずしている者も。しばらくは平和な時間が流れ、談笑する乗客や客室乗務員たち。その平穏がついに破られる。ようやくタイミングを見計らって、一人の乗客を見せしめに殺し、爆弾らしきものを巻きつけて乗客を脅すテロリスト、そしてコックピットに侵入して手早く機長や副操縦士を始末し、操縦桿を握るテロリスト二人。機長と副操縦士が殺されるシーンをほとんど写さず、客室乗務員がコックピット方面を見ると、扉の隙間から二人の死体が転がっているという演出には、心底心凍るものがある。それが、何を意味しているかということが、彼女には、瞬時にわかってしまったから。もう生きて帰れないということ。

機内電話から家族に電話して、WTCの突入を知る乗客。客室乗務員は航空会社に電話するが、かかった先は整備室。伝言ゲームのように、知らなければ良かった絶望的な状況が伝わっていく。大パニックに陥る者はいない。帰ってこれないことを悟り、愛する者に別れの電話を掛ける乗客たち。そして、これ以上の被害を食い止めるということより、黙って殺されるよりは一矢を報いたい、生き残れるわずかな可能性に賭けたい、と乗客たちは作戦を練り、反撃を開始した。

凄くリアルだと思ったのが、乗客の反乱に気づいたテロリストたちが、心底怯えきっていたこと。彼らも怖いのだ。ミッションを完了できないことを恐れていたのだ。おまけに、人数は圧倒的に不利である。爆弾が偽物だと見破られた。大勢でテロリストたちに飛び掛る乗客たちは、生き残るために必死で、正視できないくらい残酷にテロリストに襲い掛かる。まるでゾンビのように。そしてコックピットでのもみ合い。テロリストもすっかり正気を失っていて、制圧できそうになったその時に、画面は真っ暗に。それまで一度も登場人物の名前が出てこなかったが、エンドロールに、実際にこのユナイテッド93便に登場していた乗客たちの名前が現れる。無名だった一人一人の乗客乗員に名前があり、人生があり、家族がいたということを、ここで実感させられて切ない気持ちになる。

終わったあとも、席から立ち上がって現実に帰ることができなくなるような映画だった。だって、目の前に、現実のように、悪夢のような出来事が起きていたのだから。

密室劇のような濃密な2時間弱。乗客たち、そして乗務員たちは決してヒーローとしては描かれていない。窮地に追い込まれた彼らは、わずかな可能性に賭けるためには、どんなことでもした。人間の、生き残ってもう一度家族に会いたいという気持ちは、すごい力を持っているのだと感じられた。無名の、普通の人たちが、戦ったのだ。一方テロリストたちも、悪魔ではなく、ひとつの使命のためにこんなに恐ろしいことをしてはいるものの、感情を持ち、恐怖心を持ち、家族を愛した人間であった。普通の青年であった彼らを、このような行いに駆り立てたものはなんだったのか。それが、今まで世界で続いている戦争の原因なのである。

これみよがしなメッセージも大げさなドラマも、感動もない。だけど、テロリズムとは何か、同時多発テロとはなんだったのか、その状況に放り込まれた人間はどうなるのか、いろいろなことを考えさせてくれる。携帯電話で家族に別れを告げた後、隣の若い女性に「あなたも大事な人にかけなさい」と携帯を渡した中年婦人。このシチュエーションには、ドラマティックな演出はなくても、誰だって観たら涙を流さずにはいられない。

「ユナイテッド93 テロリストと闘った乗客たちの記録」のほうは、ニューヨークタイムズの記者が、その時何が起きたかを時系列的に検証しながらも、この飛行機に乗っていた人間全員の周辺に取材をし、一人一人の生き様を記録した本である。死んだ人のことを悪く言う人はいないだろうから、乗っていた人間は全員素晴らしい人だという風になってしまうのはある程度仕方ない。それを割り引いてみても、かなりすごい人たちが乗っていたのは確かだ。教養があり、ボランティアに取り組み、スポーツのチャンピオンだったり、大企業の役員だったり、起業家だったり、大学生だったり。この本の中でも登場し、そして米国では流行語にまでなった「レッツ・ロール(さあ、かかれ)」は映画の中に登場することはするが、派手に扱われることはなかった。

この本を先に読んでいたことで、映画の登場人物が実際は誰だったかを理解する助けになったと思う。犠牲者全員の顔写真が掲載されているが、よくぞこれだけ似た人を探してきたものだと思う。(唯一の日本人、久下さん役の俳優はあまり似ていなかったが、ちゃんと日本人の俳優が演じていた)
そして彼ら40人だけでなく、WTCの中やペンタゴンの中で亡くなった人たちにも、同じようにかけがえのない人生があったということも思い起こさせられた。

本の中で印象的だったのは、墜落現場の検視官の話であった。一度も会ったことのない犠牲者たちのことを思い続け、久下さんの家族にも会ったという。いまだに、現地で遺体の一部が落ちていないか、探し回っているそうだ。

この映画の立場は、エンドロールに現れている。「9月11日のテロで亡くなった全員にこの映画を捧げる」。それには、テロリストたちも含まれている。

最悪の状況の中でも、最善を尽くした人たちがいたことを忘れてはならないし、犠牲となった彼ら乗客乗員たちが、911をきっかけとして更なる戦争が起きていることを望んでいないだろうことも忘れてはならないと思う。後味のいい映画ではないけど、一人でも多くの人に見てほしい。

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追記:このエントリーに対するコメントのうち、9.11陰謀論などに関するコメントは予告なし、問答無用で削除します。こういうことを書く行為こそが、私はテロリズムだと考えています。主要な陰謀論の根拠に関してはすべて目を通しておりますので、わざわざお知らせくださらなくて結構です。
映画と陰謀論はまったく関係がありません。

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コメント

はじめまして。映画はいかがでしたか。「ユナイテッド93」を正しく理解するためにも、ご参考にしてください。
http://www.mypress.jp/v2_writers/hirosan/story/?story_id=1476426
http://www.mypress.jp/v2_writers/hirosan/story/?story_id=1477489

こんにちは。ご覧になったんですねー。
私はこの9.11系の映画は見られませんわ。。。
何だか書いてあるのを見るだけでも胸が詰まってしまって。あの日の、何が起こっているのか分からない不安とその後の衝撃と、数日続いた緊迫感と、やっぱり感情の記憶って落ち着かないものなんだなと思います。

911およびユナイテッド93便についての陰謀説が最近とても出回っていて、この映画の話となると、あのテロは本当はなかった、自作自演だとか言い出す輩がいるのにはうんざりです。これらは全部論破されています。この陰謀説の流布には意図的なものを感じます。今後、この手の話のコメントがついたらすべて予告なしで削除しますのでよろしくお願いいたします。
もちろん、映画に関しては、あくまでも映画であるので、すべてが真実だとは思っていません。生き残った人がいない以上は100%のドキュメンタリーを作るのは無理です。真実以上に大事なメッセージがこの映画にはあると思います。

この映画を観て、テロリストたちのことを憎むことはできないと、思いました。犠牲になった乗客たちだけでなく、テロリストにも愛する家族や友人がいて、彼らもまた人間なんだということが分かるので。歴史に深く根を下ろした憎しみの連鎖が世界からいつの日か消えることを祈ります。

へんなコメントを上に書いてしまってすみません。

Ponさん、こんばんは。
やはりまだ生々しすぎて観られないというの、わかります。しかも、この映画は、まるで自分がこの飛行機に乗り合わせて一部始終を見ていたような感覚にさせられてしまうのですよ。
私のように、日本に住んでいる人ならともかく、やはり自分の住んでいる街で起きた出来事で、しかもそれを目撃していたとしたら、その時の記憶がよみがえってきそうですものね。
今ニコラス・ケイジ主演の「ワールド・トレード・センター」それから、もう一本「セプテンバー・イレブン」という映画が公開されるんですよね。
とある友人は「見ないで済ませたかった傑作」と「ユナイテッド93」のことを評していました。

はなはなさん、こんばんは。
いらしていただけて光栄です。本当におっしゃるとおりで、テロリストたちの弱さ、人間らしさ、そんな彼らが何でこのような大量殺人をするまでにいたったのか、いろいろなことを考えさせられましたね。原作の方には、彼らの話もかなり登場します。皆どちらかといえば裕福な家庭で、教育もちゃんと受けていて、婚約者もいたりしたようです。
憎しみの連鎖が断ち切られる日がいつか来ますようにと私も切に思います。

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