『メタル ヘッドバンガーズ・ジャーニー』
なぜへヴィメタル・ファンは忌み嫌われるのか、ということをテーマに、12歳の時からの筋金入りのメタル・ファンである文化人類学者、サム・ダンが監督したドキュメンタリー作品。多分彼は映画監督としては素人だと思われるけれども、メタル・ファンとしての熱い思いと、学者としての理論的でクールな視点がうまい具合にバランスが取れていて、抜群に面白い。私はもともとへヴィメタルファンだったので、あまり客観的に見られないのだけど、多分、ファンでなくても面白いんじゃないかと思う。だって、こんなにさまざまな視点で研究できて、ほとんどギャグ一歩手前のことが満載の音楽ってないもの。
へヴィ・メタルのルーツ、クラシック音楽の影響、自殺とバイオレンス、悪魔崇拝、ライフスタイル、同性愛とセクシュアリティ、社会性、歌詞の検閲、ファッションなどの切り口で一つ一つ考察していき、ヘヴィメタルを研究している学者、ジャーナリスト、ファン、グルーピー(!)そしてもちろん、さまざまなミュージシャンにインタビューをしている。
インタビューされているミュージシャンは、ブラック・サバスのトニー・アイオミ、アイアン・メイデンのブルース・ディッキンソン(この人は髪を切ったせいか、今でもとっても若々しい)、ロニー・ジェイムズ・ディオ(ホビットみたいにちっちゃい)、モトリー・クルーのヴィンス・ニール(昔のセクシーさはいずこへ、いまやすっかりおっさん)、モーターヘッドのレミー(全然変わらず)、アリス・クーパー、ロブ・ゾンビ、スレイヤーのケリー・キング&トム・アラヤなどなど。
なかでも面白かったのは、80年代に、アル・ゴア元副大統領の妻のティッパー・ゴアが、へヴィ・メタルの歌詞の規制を、と一大キャンペーンを展開した時に証人として呼ばれた、トゥイスティッド・シスターのディー・スナイダーの話。その奇抜で不気味な女装姿からは想像できない、冷静でとても賢い人で、当時の資料映像を見ても、政治家連中をこてんぱんに言い負かすところが痛快。
それと、ブラック・メタルが一番盛り上がっているところであると言うノルウェイへの旅。何しろ税関で、「ヘヴィメタルのドキュメンタリーの撮影で来たんです」って言うと、税関の人が「ああ、ブラック・メタルね」って言うくらいの国民的認知度なのだ。
しかし、それだけ有名なのは、悪魔崇拝にハマったミュージシャンが複数の教会に放火したという事件があったというオチがついているわけだが。実際に放火して服役していたミュージシャンもまったく反省していないところが恐ろしい。それだけ、ノルウェイというのはキリスト教の呪縛が深いところなのか。 とにかく、おそるべしノルウェイ人!
ミュージシャンもファンも、ここまでやるのか!と驚いてしまうくらいのなりきり方が面白い。ホラー映画のゾンビみたいなマスクを常にかぶっているスリップノットとか、とてつもなく悪趣味なアルバムジャケットのカンニバル・コープスなど。ナイフで「スレイヤー」って腕に刻み込んじゃうファンもいる。少なくとも、あらゆるロックのファンの中で一番熱狂的で、ライフスタイルに音楽を取り入れているのがメタルファンだろう。
自分たちは虐げられた存在という意識が強いのか、メタルファンの結束の固さにも驚嘆。ドイツで4万人ものマニアが集まるというフェスティバルでも、メタルファンだというだけでたちまち友達のノリである。そしてサムももちろんその中の一人で、フェスが始まる前から二日酔い状態だったりする。さらに酔っ払ってインタビューを受けているメイヘムのメンバーの飛ばしていること!
学者らしく、各ジャンルごとの相関図が出てくるのも興味深い。それぞれのジャンルについてもう少し説明を加えた方が、メタルの素人には親切だとは思うけど。(パンフレットには、詳しい解説がついている)
取り上げているジャンルもどちらかと言うとデス系が多くて、正統派のハードロックやオルタナティブ系は少ないのだけど、これは多分、デス系が一般的に一番邪悪なヘヴィ・メタルとして世間一般に忌み嫌われているからではないだろうか。
ロニー・ジェイムズ・ディオ、トニー・アイオミ、ブルース・ディッキンソン、もちろんディー・スナイダーなどは本当にとてもクレバーで長年真摯に音楽と向かい合ってきたのがよくわかる。ハマースミス・オデオンのような巨大なアリーナで歌っていても、客席が縮んで思えるほど親密な感じになるというブルースの話は興味深い。彼の声を持ってすれば、たとえPAなしでも、大きなスタジアムで一番後ろの席でも聞こえるだろう。
メタル・マニアのサムではあるが、決して自分の考え方を押し付けるわけではなく、好きでなければ聞かなければいい、自分が好きなのはこれだという姿勢が潔い。また、ネガティブな側面にも目を向けて、どんなに好きでもやっぱりこれはイカンだろう、という物差しももっている。音楽への愛があふれていて、見ていてなんだか嬉しくなっちゃう映画。帰りはメガデスのベストアルバムを聴きながら帰宅。
ぼのぼのさんのブログにさらに詳しい感想があるので興味のアル方はぜひ
またshitoさんのブログの感想も、いちいち頷いてしまいました。これもおすすめです。
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原題:『METAL A Headbanger's Journey』 監督&脚本&製作:サム・ダン、スコット・マクフェイデン、ジェシカ・ジョイ・ワイズ 出演者は割愛。ヘヴィ・メタルの重鎮がばんばん出ている、ようです。 とりあえずその、ヘヴィメタ大好きッ子(おやじ+ロン毛+人類学専攻)が「..... [続きを読む]
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naomiさん、こんばんわ! 拙ブログへのコメントと、コチラでのリンクどうもありがとうございます&恐縮です^^;;
実は私があの記事上げたのは、naomiさんのエントリを拝読して「そうだ、私もメモ書きから起こさなきゃ!」と奮起したのでした、と告白。(めっちゃクローズにしてるmixiの日記では、結構コマメに感想メモとか書いて、拙ブログ記事へのたたき台に使ってるのでした)
とはいえ、naomiさんのキッチリとした丁寧な批評とは比べ物にならないお笑い系になんで、いやはやお恥ずかしい…。
でもホント、場内でも笑い過ぎって程ウケてたと思いますよー私。ロブ・ゾンビのセレブ様ぶりなんて映っただけで頬が緩んで…出世しましたよね~彼も。
でも愛に溢れた作品って、たとえ多少の粗があっても楽しく観れるので、その点でこの映画はスレた旧メタル・ファンの自分から観てもYE---S!!って感じだったのが良かったです。
投稿: shito | 2006/07/25 19:50
わ~いshitoさんだ!
キッチリなんてとんでもないですよ。書きなぐったに近いので、あとでこれも書き忘れた、なんてことがいっぱいあります。私もたたき台に某mixi使っていますよ。
私が見に行ったときにはそんなにウケていなかったのが残念です。客層もわりといつものシネアミューズ客層で。しかも一人で見に行ったんですよね。
ロブ・ゾンビ様も出世しましたね。ホワイト・ゾンビ好きでした。あ、もちろん彼の監督した「マーダー・ライド・ショー」も大好きなんですけど。
こんなタイミングにアイアン・メイデン来日か...久しぶりに見に行きたい気分です。
投稿: naomi | 2006/07/26 01:47
naomiさん
ヘヴィ・メタの記事が出るとは守備範囲の広さに驚きました。ヘヴィ・メタ・ファンでいらしたんですね!!英国の伝統文化(?)だからでしょうか。
私もハード・ロックは好きでしたがヘヴィ・メタまではあまり聞きませんでした。でも、ヘヴィ・メタの人たちってとっても爽やかな気がするんです。毎年私が働いている音楽のイヴェントで会う人たちの中で、もっともシャイで礼儀正しく、しかもフレンドリーなのはなぜかヘヴィ・メタの人たちなのでした。
投稿: amica | 2006/07/28 10:25
amicaさん、こんばんは!
私はヘヴィメタルを聞いていたのは多分4,5年くらいだったので今の事情は全然知らないんですけどね。最初はホントそれこそハードロックから始まったわけですが。
で、そうなの、この映画の監督であり案内役のサムって青年(学者さんだけどまだ30歳)がまさにそんな感じの人なんですよね。細くて優しげな人で、礼儀正しそうで、でも、ライヴに参戦する時には人が変わったように頭振りまくるという(笑)
そういえば、ドイツのフェスティバルに来ていた人の中には、俺たちはイタリアからきたんだ、って言っていたお兄さんたちもいましたよ。イタリアにもヘヴィ・メタルファンの方がたくさんいるんですね。
投稿: naomi | 2006/07/29 00:56
naomiさん
そうなんですよ。普段はどこに生息しているか全然見かけないんですが(笑)、こういう音楽のマーケットとかになるとイタリアン・ヘヴィ・メタのお兄さんたちに会えたりしてびっくりするという感じなんです。
ちなみにその道の人によると、イタリアのヘヴィ・メタはやっぱりメロディがきれいなんですって。なるほど~。
投稿: amica | 2006/07/30 08:05
amicaさん、
イタリアのへヴィ・メタルのメロディは美しい、というのはわかるような気がします。イタリアといえばプログレッシブ・ロックでも有名だし、イタリアのプログレも美メロで知られていたような気がします。
こういう音楽のマーケットに行かれているんですか!すごいな~amicaさん!カッコいい。
投稿: naomi | 2006/07/31 02:39