6/17ソワレABT「ジゼル」ディアナ・ヴィシニョーワ、アンヘル・コレーラ
昨年のヴィシニョーワとコレーラの「ジゼル」は歴史的な名演だったらしく、バレエとしてはなんとヌレエフ以来、何十年ぶりにニューヨークタイムズの一面を飾ったらしい。もともとはマラーホフが主演する予定だったのが、マラーホフの盲腸で降板となり、アンヘルが代役となったが当初ヴィシニョーワは嫌がったようだ。しかし、結果は、伝説的なほどの舞台になったということだ。 (私は観ていない)
そういうわけで、この日はチケットはソールドアウト状態で、METの前にも「チケット求む」の紙を持った人やダフ屋が出現していた。かくいう私は、ヴィシニョーワは好みのタイプのダンサーではないため、ドレスサークルという4階席で観ていたわけだが。
ヴィシニョーワのジゼルといえば、DVDにもなっている、2004年にマラーホフと共演した東京バレエ団のを観たのだが、あまりにも華やかで色香と生命力あふれるジゼルだった。こんなのはジゼルではない、と思ったというのがあって期待値は非常に低めだった。
1幕の村娘姿のヴィシニョーワ。例の「色気&元気のよさ」を一生懸命封印して、かわいらしく清楚、かつ病弱な風に見せようとしている努力が伺える。と言うかその努力が痛々しいほど。努力している風に見えてしまっている時点でアウト、という気がしなくもないが、2年前に観たときの違和感はだいぶ解消されたと思う。衣装は薄い水色で、他に見た二人と違って髪は簡単に後ろで結わえているだけ。ロシア製のポアントのせいか、足音はかなり大きい。踊りそのものは軽やかで愛らしいし、技術的な欠点はまったく見当たらない。音楽によく合っている踊りで、まさに歌うように踊っているのは見ていて気持ちが良い。あえて難を言えば、1幕のヴァリエーションのポアントでの動きの後のピケターンが嵐のようにあまりにも高速で、踊り好きとはいえ病弱な娘の踊りとは思えないことである。多分、ヴィシニョーワという人は常に自分のベストを尽くさなければ気がすまない人で、自分の最良のものを見せようとするあまり、技巧に走りすぎるではないかと思った。そういう意味では、アンヘル・コレーラと同じタイプの人であり、だからこそ去年の公演は(私は観ていないけど)化学作用が働いて名演となったのかもしれない。
いずれにしても、「踊りが大好きでたまらない少女」という面はヴィシニョーワが一番強く打ち出しているところであり、ここは高く評価できると思った。
一方のアルブレヒト役のアンヘル。バジルやアリがお似合いの庶民的な魅力の持ち主なので、貴族を演じるのはなかなか難しいキャラクターである。なんといっても、プロポーションが良くない。マチネのマルセロは長身だし、前日のボッカは背は高くないが脚はきれいな人である。さらに水曜日にヴィシニョーワの相手を務めたのが、アルブレヒトを当たり役にしており、プロポーションの素晴らしさでは右に出る者のいないマラーホフ。そのあたりを気にしてか、アンヘルは唯一白タイツではなくグレーのタイツをお召しになっていた。
ところで、アンヘルはここ数年、急速に演技力をつけてきたのではないかと思った。彼のアルブレヒトは、たとえば彼が踊ってきたロミオなどとは異なって、まっすぐで情熱的というわけではない。ジゼルと楽しそうに戯れていながらも、時折ダークサイドが顔を出し、この娘とは結局は遊びなんだ、今は楽しいけど親の選んだ許婚と愛のない結婚をしなければならないんだという苦悩がにじみ出ている。
だから、彼の正体がバレて、ジゼルが狂乱した時の反応は一見冷たい。ジゼルのことはとてもかわいそうに思っているけれども、自分の立場をわきまえてぐっと悲しみをこらえなければならないという葛藤が見える。自分を求めるジゼルに背中を向けてしまう。でも彼女が死んだ時には、さすがにこらえきれなくなって泣き崩れる。とても高度なアプローチだと思う。
ヒラリオンはサシャ・ラデツキー。前日のペザントPDDでも驚いたが、彼はこの1年で大変成長をしたのではないか。ゲンナディやヘススに比べれば演技は薄いけれども、過不足なく、技術的に飛躍的に良くなっている。カッコよすぎるゲンナディや、情熱的なヘススと比べると、いかにも普通の純朴な田舎の森番ってキャラクター作りで本来あるべきヒラリオン像に近いと思う。
ペザントPDDは、プレイビルのキャスト表にはエルマン・コルネホとエリカ・コルネホという姉弟コンビだったのですごく期待していたのだが、急なキャスト変更でエルマンの代役がゲンナディになってしまった。前日に元気そうなエルマンを見かけたので、怪我ではなく、月曜日とボッカの引退公演のレスコー役に備えてのことではないかと思った。エリカは今シーズン限りでABTを退団し、旦那様のカルロス・モリーナが所属しているボストン・バレエに移籍することになっている。ABTでの姉弟共演を観る最後のチャンスだったかと思うと非常に残念。いずれにしても、エリカもゲンナディも非常に優れたダンサーなので満足の行くものだった。エリカのジュッテにおける跳躍の力強さと高さは特筆もの。
ジゼルの狂乱のシーンでのヴィシニョーワの演技は、決して過剰になることはなかったが、それでもここで彼女の持ち味である、情熱的で激しいものを秘めているところが発揮されていた。この愛にすべてを賭けていた少女の思いが破れ、精神のバランスを崩したというところがよく出ていたと思う。とてもわかりやすいキャラクター造形で、ドラマ性があってアメリカ人にはいかにも受けそうだ、と思った。そしていい意味で、アクの強さが抜けたと思う。
バチルドのマリア・ビストローヴァはいかにも傲慢で気位の高そうなお姫様って感じで適役。前日のジェニファー・アレクサンダーのほうがベテランの分キャラクター造形は細かいけど、ロシア人のマリアはお姫様オーラが強いのが良い。
(つづく)
2幕でまず呆然としたのが、ミルタを踊ったミシェル・ワイルズのひどさである。長身で美人なのだが全然怖くない。顔は一生懸命怖くしようとしているのだけど(この週の前半でも一度ミルタを踊ったのだが、その時には笑みを浮かべていて大ブーイングだったようだ。)。登場する時のパドブレが美しくない。ちゃんとアンディオールしていないから、アティチュードのときに足の甲が下を向いている。上半身が硬くてパンシェしてもだめだしポール・ド・ブラも美しくない。しかもこの日のドゥ・ウィリは、別の日にはミルタを踊っているステラ・アブレラとヴェロニカ・パールトで、ドゥ・ウィリ役にするにはもったいないほどの素晴らしい踊りを見せていた。特にヴェロニカは、柔らかく歌うような上半身、可動域の広い股関節でぞっとするほどの美しさであった。当然のように、ミルタよりもモイナ&ズルマのヴァリエーションの方がずっと拍手も多かった。
ウィリ達がアラベスクのまま舞台を横切るところは、高いところから見たほうがずっと美しい。思ったより揃っていたし、ドゥ・ウィリの二人が良いので素敵だった。
そしてウィリの仲間入りをしたジゼル。この登場シーンでのアラベスク回転からジュッテをして下手にはけていくところのスピードのものすごさにびっくりした。これは確かに、ミルタの魔力によって人間ならざる者が呼び覚まされているという印象を与えてくれる。このときの満席の観客の熱狂振りはすごかった。ヴィシニョーワの2幕ジゼルは、なんというかいかにも精という感じのジゼルで、顔色は真っ白で(でも違和感は全然ない)一歩間違えたらゾンビである。1幕よりは足音も小さくなったし、まるで幽霊のように`生きている人゛という感じが消えていた。ただし、2幕の後半のヴァリエーションの高速でアントルシャ・カトルするところは非常に跳躍も正確で足先もきれいなのだが、演じることよりも高度な技巧を見せることが優先になってしまっているように見受けられたのが惜しい。2幕のジゼルって、生きていない存在なので感情表現ができず、ただ踊りを通して想いを伝えなくてはならないので本当に難しいと思う。
アンヘルのアルブレヒトは、やっぱり王子様キャラではないので百合を持っての登場シーンもキャー素敵、にはならないけれども、ジゼルを死に追いやってしまったことをとことん後悔している風。彼のアルブレヒトの何が素晴らしいかといえば、それはリフトの上手さ。もともとはアンヘルはリフトが得意な人ではないのだけど、今回は本当に頑張ったと称えたい。ジゼルを地面と平行に持ち上げるところも、まったく体重がないように軽く優しく持ち上げていた。もちろん、ヴィシニョーワが上手だということもあったと思うが。
それと驚いたのが、ラスト近くのパ・ド・ドゥで、ジゼルをリフトしながらステージを斜めに横切るのだけど、あまりにもタイミングというか息がぴったりで鳥肌が立ちそうになった。アルブレヒトがジゼルのことを大事に、大事に思っているのが伝わってきて感動的だった。ミルタの命令で踊らされているソロは、アンヘルの本領発揮でちょっと元気が良すぎたが。
ジゼルが墓のところで消えていくところは、パロマやシオマラのときのように永遠の愛を誓うマイムはなかった。しかしその分、ジゼルに人間性が一瞬戻ったようで、やっぱりこのジゼルは情熱の女だったのね、と思った。
3回観たジゼルの中でカーテンコールは最も熱狂的だったと思う。回数も半端じゃなく多かったし、ヴィシニョーワ本人も良い舞台を踊ることができて満足げだった。カーテンコールの時のアンヘルとヴィシニョーワは、まだ舞台を引きずっているかのようなラブラブムードがあった。面白いのは、アメリカ人って単純なのか、「白鳥の湖」でもロットバルトにはブーイングが飛ぶし、「ジゼル」だとミルタ役にはブーイングが起きる。それは踊りの出来が悪いからではない。だって素晴らしかったジリアン・マーフィのミルタにもブーイングが出るくらいだから。
Giselle: Diana Vishneva
Albrecht: Angel Corella
Hilarion: Sascha Radetsky
Wilfred: Alexei Agoudine
Bathilde: Maria Bystrova
Peasant Pas de Duex: Erica Cornejo, Gennadi Saveliev
Myrta: Michelle Wiles
Moyna: Stella Abrera
Zulma: Veronika Part
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コメント
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アンヘル、白タイツだとけっこうムチムチに見えますよね(笑)
youtubeでカーテンコールの動画が見られるんですが、確かにグレータイツでした!
1幕はなかなかの好演だったようでヨカッタです♪
ヴィシニョーワ、今年の共演は嫌がらなかったのかな。
エリカ・コルネホ退団しちゃうんですね。いいソリストがいなくなるとまた痛手ですねぇ。
そういえば、ホアキン・デ・ルースはカルメンと離婚したからNYCB行っちゃったんでしょうか??
投稿: プリマローズ | 2006/07/03 19:59
naomiさんおレポを拝読してヴィシが変わろうとしてるのを知ったのでフェス「ジゼル」も観たくなりました。
それから↓で書いてらっしゃいますがバリニシコフの「ジゼル」が挿入されてる映像にも本物の猟犬?が2匹出演してた覚えがあります、そのバリニシコフがグレータイツでしたからアンヘルも・・と思いました。
投稿: 史緒 | 2006/07/03 23:03
プリマローズさん、
続きをアップしたんですが、2幕のアンヘルも良かったです。なんといってもリフトが上手になっていてびっくりしました。ABTもDVDの売れ行きを考えればこの二人のジゼルを発売するのが一番売れそうですね。
ABTのソリスト不足はかなり危機的ですね。今のソリストはみんな良いダンサーばかりですが、人数が少なくなってしまったので一人一人にかかる負荷が高いと思います。
ボッカの引退公演にホアキンが来ていて、カルメンとも話をしていたらしいですよ。
史緒さん、
私も実は、この舞台を観てバレエフェスのマラーホフとのジゼルを見てもいいかも、と思いました。平日6時半なのでちょっと厳しいのですが。
ABTのジゼルの衣装は去年リニューアルされて、それまではカルラ・フラッチも着用したのを未だに使っていたようです。アンヘルのバジルの衣装がミーシャのお下がりなのも有名な話ですよね。
後でミーシャのジゼルを見直してみようと思います。
そうそう、書き忘れましたが、この回だけ、猟犬が舞台上でワン!と大きく吼えて会場がちょっと笑いに包まれたんですよね。
投稿: naomi | 2006/07/04 00:10
アンヘル、リフトが上手になっていたなんてうれしいお話ですね~。ヴィシニョーワの気分を害さないよう一生懸命練習したのかしら。マクミランリフトも上手くなってればいいなと思います。ボッカは上手でしたよね。
ミシェル・ワイルズってほんと評判良くないんですねぇ。プロのダンサーで(それもプリンシパル)ちゃんとアンデオールできてないとは・・・
投稿: プリマローズ | 2006/07/04 23:06
プリマローズさん
そうですね、来週はABTはロミジュリですからね。アンヘルのロミオはまた観たいな!
まだ書くのが先になりそうですが、「マノン」のアンヘルも良かったですよ。いかさまポーカーは、以下覚ましているのがあまりにもバレバレだったけど(笑)アンヘルは今はシオマラとの組み合わせが一番つりあいが取れていい気がします。
ミシェルは、多分コンテンポラリーとかバランシンとかだったら悪くないのかもしれません。デヴィッドくんとセットで売り出すためにプリンシパルになったって感じですね。デヴィッドもまだこれからだと思うけど彼には華があるからね。ロットバルトと王子の両方が踊れるし。
投稿: naomi | 2006/07/05 00:33