ロシアバレエ最大の危機
モスクワタイムズ
http://www.themoscowtimes.com/stories/2006/05/24/002.html(現在は本文は読めなくなっています)
およびイギリスのデイリーテレグラフ
http://www.telegraph.co.uk/news/main.jhtml?xml=/news/2006/05/25/wballet25.xml&sSheet=/news/2006/05/25/ixnews.htmlによると、今年の夏、ロシアの連邦議会で、才能あるアーティストに対する兵役免除を廃止する法案が通過する可能性があるとのこと。防衛庁では、2008年より兵役が2年から1年に短縮するのに伴い、兵役対象者を拡大することを予定している。
ロシアにおけるバレエは、ロシア革命を生き延び、冷戦期を生き延び、舞台芸術に対するソヴィエトの抑圧からも無傷でいられた。バレエはロシアにおいては聖域であったのだ。ロシアのバレエを通じて、ロシアの芸術は世界的に有名になったとクレムリンも認識していたのだ。
300年間のロシアバレエの歴史の中で、今が最大の危機と言えるのかもしれない。
連邦文化映画省の大臣Mikhail Shvydkoi氏は、この兵役免除が失われれば才能のある若いロシア人はみな亡命してしまうだろうと警告した。実際、有名なピアニスト、エフゲニー・キーシンは兵役を忌避するために亡命した。
現在、才能ある芸術家として認められ兵役が免除されている若者は800人いるが、それ以外にも、僻地における教師や医師、障害のある家族を介護している人、妻が妊娠26週以内の者といった8つのカテゴリも、今回兵役免除から外れる可能性が高い。ソヴィエト時代には、才能あるアーティスト枠は存在せず、現在の免除制度は1993年に創設された。兵役免除には16の一時的なカテゴリおよび9つの恒久的なカテゴリがあり、才能ある芸術家カテゴリは、大統領命令によって創設されたのである。
ロシアでは毎年2回の徴兵があり、今年の春の徴兵では18歳から27歳までの12万4千人が兵役を務めることになった。今年から、劇場やトップレベルの音楽学校、サーカスや他の文化機関は、例外のリストを作って連邦文化映画省に提出している。政府の特別委員会が候補者を確認し、誰が例外となるのかを選んでいる。この例外措置は今年の4月1日から1年間のみの運用となっている。
ボリショイ・バレエの元ダンサーで現在は教師を務めるボリス・アキモフは、現在のボリショイ劇場のダンサーたちはとても若く、もし彼らが兵役にとられてしまったら劇場のリハーサルのスケジュールは大いに乱されるであろうと語っている。アキモフは、かつて多くのダンサーが軍隊の歌とダンスのアンサンブルに参加し、兵役が終わった後にクラシック・バレエに戻ることができたと言う。ただし、多くのダンサーたちは、ブーツで民族舞踊を踊っていたことでバレエに戻ることができなくなったそうだ。
またキーロフ・バレエの芸術監督Makhar Vazievは、「バレエの特質を理解するのは重要だ。ダンサーたちは1日数時間もリハーサルをしなければならない。モダン・バレエの厳しい基準を守るには、この方法しかない」と語った。
ボリショイ劇場のデニス・サヴィンは多くのソリスト・パートを踊り、権威ある黄金のマスク賞にノミネートされたこともある22歳のコール・ドのダンサー。2004年のボリショイのロンドン公演ではマリーヤ・アレクサンドロワを相手に「ロミオとジュリエット」のロミオを演じているほどの有望株だ。しかし、「1年間バレエを踊れないことは、アーティストにとっては死に等しい」という。1週間病気で休んだら、元の体に戻るのに3週間かかってしまう。ボリショイ・アカデミーで8年間学び、その後も厳しい訓練を受け続けてバレエ・ダンサーになれたのに、すべてが無に帰する可能性があるのだ。「一年間練習をせず、軍靴で走っていれば関節は反対側をむくようになってしまい、1ヶ月でバレエの美学のために要求される歩き方が消えてしまい、元に戻るのに何年もかかってしまう」
サヴィンは、軍を信頼していない。彼のいとこは、チェチェンには派兵されないと聞かされていたのに、実際にはそこに送り込まれ、負傷して帰ってきた。
「劇場の命は終わってしまう。ボリショイは全世界に対するロシアの顔であり、赤の広場を取り払ってしまうことに等しい」と彼は語った。
ところで徴兵制がある国としては韓国が有名です。ウォンビンやソン・スンホンなどの大スターやサッカーの代表選手も兵役に行っているくらいだから、当然、韓国国立バレエやユニヴァーサル・バレエなどのダンサーもキャリアの中断を余儀なくされているんでしょうね。
追記:綾瀬川さんのサイト「綾瀬川的生活」に、ロシアの徴兵制について詳しく調べられた文章がありますので、ご興味のある方はぜひ。徴兵忌避者の多さに驚かされます。
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こんばんは~。
ロシアが・・・とかダンサーが・・・とかという以前に、徴兵制という現代の日本にいたら全くなじみのない事項の影響力の大きさにおののきますね。それにしても800人とは予想以上に少ないですね。
投稿: うるる | 2006/05/28 22:42
うるるさん、
今までロシア革命だの冷戦時代だのいろいろとあった中で、バレエは聖域だったのに、今の時代になって急に兵役免除除外というのはびっくりしますよね。
それだけバレエは今まで大事にされてきたのに、ここにきてこんなことになるとは、ショックなことですよね。
日本でも、今のままではいつ何時徴兵制が復活するかわからない気がしてきました。
投稿: naomi | 2006/05/29 02:02
Naomiさん、こんにちは。
モスクワ・タイムスの記事の紹介ありがとうございました。今朝現物をコピーでですが入手しました。英語は難しいです…。
同じテーマで今朝のロシアの情報番組内で、ボリショイのルスラン・スクワルツォフが取り上げられていました。私は今朝、ちょっと寝坊したために途中からしか見れなかったのですが、画面だけで判断すると、途中でキーシンの映像もあったりしたので、亡命の話も入っていたようです(同じようにしか作れないのでしょうね)。その後ツィスカリーゼのコメントもあり、最後にはスクワルツォフが道を歩いている画像にコメンテーターの話で「しかし、彼は今のところ亡命は考えていない」と結ばれていました。
投稿: けいちか | 2006/05/31 17:43
けいちかさん、こんばんは。
貴重な現地発情報をありがとうございます。
新聞に続きテレビでも取り上げられると言うことは、やはりバレエがロシア人にとってはどれほど大切なことなのか、ということを象徴しているんですね。
それにしても革命にも冷戦期にもトップのバレエダンサーが兵役に出ることはなかったのに...
ルスラン・スクワルツォフはこの徴兵の対象年齢なんでしょうかね。いいダンサーだけに、気になります。
投稿: naomi | 2006/06/01 02:57
初めまして。綾瀬川と申します。こちらのブログも、けいちかさんのBBSも、いつも楽しく拝見しています。
チェチェン関係のサイトで紹介されているイワノフ国防相のコメントによれば、「前線送り」という最悪の事態は避けられそうですが、ダンサーとしては大きな痛手でしょう(http://chechennews.org/chn/0607.htm 下の方にイワノフ発言の記事があります)。
マールイなどは、早々に施行されることになれば、ミャスニコフとシャドルーヒン以外の今年の夏の来日メンバー全員が対象年齢です。08年施行ならシヴァコフら「98年組」は逃げ切りますが、プルーム、シュミウノフを始め、多くのダンサーが引っ掛かりそうです。
私も注目しつつ、取り上げていきたいと思います。現地情報はじめ、貴重な情報をありがとうございました。新しい動きなどありましたら、よろしくお願いいたします。長々と失礼いたしました。
投稿: 綾瀬川 | 2006/06/03 01:10
綾瀬川さん、はじめまして。
とはいっても、私も綾瀬川さんのブログは常日頃愛読していて、シヴァコフへの愛の深さに感動しているのでした。いらしていただけて光栄です。
さて、チェチェンに関するサイトを教えていただきまことにありがとうございました。私もバレエとは別にこういったことに関心はあるので、とても興味深く読みました。
18歳から27歳というのは、まさにダンサーとしてコレから花開く時期ですから、たとえ実際に戦うことはないとしても、その1年間の損失は大きいわけですし、特に自分の好きなダンサーがそんなことでキャリアを中断しなければならないと思うとそれだけで胸がつぶれる思いがします。(もちろん、ダンサーであろうとなかろうと前線に若い人が徴兵されてしまうということ自体、恐ろしいことであるわけですが)
カンパニーにとっても大幅な戦力ダウンですよね。マールイも若いダンサーが多いから、ごっそりいなくなってしまったら、と思うと...。一番いいのはこういった紛争がなくなることであるのは言うまでもないわけですが。バレエはロシアの誇りであるということをイワノフらにもわかっていただきたいものですよね。
投稿: naomi | 2006/06/03 02:07