〈主な配役〉
パキータ:オレリー・デュポン
リュシアン・デルヴィイー:マニュエル・ルグリ
イニゴ:カール・パケット
将軍、デルヴィイー伯爵:リシャール・ウィルク
伯爵夫人:ミュリエル・アレ
ドン・ロペス・デ・メンドーサ:ローラン・ノヴィ
ドンナ・セラフィナ:イザベル・シアラヴォラ
パ・ド・トロワ:メラニー・ユレル、ノルウェン・ダニエル、エマニュエル・ティボー
「パキータ」は実のところ、ガラ公演などで2幕だけ全部、を観たことがあっただけで全幕は初めて。しかし、ラコット氏の振付は「ファラオの娘」といい、「ラ・シルフィード」といい、メリハリがなくて脚捌き系の技ばかりで全然好きになれないので、期待値は低めに設定しておいた。チケットも非常に高いので、ルグリの主演でなければ観に行かなかっただろう。しかも高いチケット代を払うのはもったいないので4階サイドという低いランクの席で。できれば正面で観たかったのだけど、さすがにルグリがパリ・オペラ座を率いて日本で踊るのも最後だろうということでチケットがとても売れていて、この場所しか残っていなかった。本当は日曜日のチケットがとりたかったのに早々に売り切れているし。
1幕1場は…つ、つまらん!この演目は全体通して、音楽が壊滅的にひどい。エドゥアール・マリ・エルネスト・デルデヴェズという聞いたことがない人と、「ラ・バヤデール」「ドン・キホーテ」のルートヴィヒ・ミンクスによるものだが、ミンクスは「ドン・キ」や「ラ・バヤ」ではそれなりに心に残る素晴らしい音楽を作っていると思うのに、こちらでは実に平板で、よく運動会とかで使われる2幕の所くらいしか印象に残らないような、盛り上がりも情緒もないつまらない音楽なのである。さらにオーケストラの演奏もひどかったりして。
主役であるはずのリュシアンの登場がかなり地味である。ルグリという大スターだからなんとか華があって目立つって感じで、彼でなければどうなっていたんだろうか。 リュシアンは1幕は見せ場もあまりなくて、ルグリ様の無駄遣いという感じ。しかし優雅でいるだけで輝いて見える存在感は流石だ。
オーレリ・デュポンのパキータはジプシーの娘にしては高貴な感じがしなくもない、というところがこの役に合っていると思った。ものすごい美人なんだけどどこかちょっと庶民的な感じもして、元気が良くて可愛らしい。ソロも生き生きとしていて魅力的だし、技術的には大変安定していて、安心して見ていられる。その彼女に思いを寄せるのは、ジプシーの首領であるイニゴ。演じるはカール・パケット。「白鳥の湖」のロットバルト役が耽美的だった彼が、今回はおヒゲとかもつけてワイルドな感じを出しているのだけど、このイニゴ、けっこうお間抜け。一生懸命彼女に愛を告白しているのに、簡単にあしらわれてしまう。ひざまづいてまで彼女に愛を乞うのだけどかわいそうなことに「冗談でしょ」と相手にされない。彼女に一目惚れしたリュシアンの邪魔をしようとする。でもカール自身の人の良さが滲み出てきちゃって、憎めない悪役。しかしもったいないことに、イニゴのソロは一回しかない。
リュシアンの婚約者セラフィナはイザベル・シアラヴォラが演じているが、ソロが1回あるだけで見せ場が少なく、プルミールが踊るにはちょっと小さな役という感じ。美人なんだけどトウが立っている上、眉毛があまりにも細くてちょっと怖いシアラヴォラ。せっかくの美脚がスカートに隠れていてもったいない。
ジプシーの娘たちの踊りがあったり、闘牛士たちのマントを翻した踊りがあったりするのだが、上の階から見ていると、東京文化会館のステージがとても狭く、踊りにくそうで気の毒だ。マントの翻し方も揃っていないし。その狭いステージでは、子役たちも踊る。本当にぎっしりな感じ。踊りはたっぷりあるのに、音楽も振付も単調なのであまり楽しめない。ルイザ・スピナッテリによる衣装は非常にシックで美しいのだが。
1幕1場の最大の見せ場は、パ・ド・トロワ。エマニュエル・ティボー、ノルウェン・ダニエル、メラニー・ユレルと白鳥の湖のパ・ド・トロワでも活躍した3人。観た人誰もが口をそろえるだろうし、場内でも主役の踊り以上にティボーのふわりと高くて、それなのに優雅なジュテ・アントルラッセが受けていた。さらに、6回連続のトゥール・ザン・レールやら美しいアラベスクやら、すごいスピードのピルエットやら、本当に素晴らしいものを見せてくれた。女性二人も良かったけど、すっかり彼の前では霞んでしまう。
1幕2場
セラフィナの父でフランス人を憎んでいるドン・ロペスとイニゴはリュシアンを暗殺する計画を立てて、リュシアンをイニゴの家に誘う。眠り薬を入れた酒を飲ませて眠らせ、その隙に手下どもが侵入して彼を殺してしまおうという作戦だ。「こうやって殺してやる!」とナイフを机にぶっ刺してエキサイトするイニゴ。なんだかかなり滑稽な感じ。
物陰に隠れて彼らの作戦を盗み聞きするパキータ。ちょっとイタズラっぽい感じで可愛い。リュシアンがやってくるけど、パキータはわざとお皿を割ってイニゴの気をそらせ、その隙にお酒のグラスを取り替えてイニゴが睡眠薬を飲んでしまう。扇をイニゴに持たされて踊るパキータはいかにもチャキチャキな娘って感じでキュートだが、睡眠薬を飲まされ、半分ラリった状態でフラフラと踊るカール・パケットがものすごく芸達者でいい。この役は、踊りの見せ場は少ないし、その少ない踊るところも、踊りの性質が重たくてその点ではあまり魅力はないが、とっても演技が上手な人であることが良くわかる。暗殺未遂とよく考えてみれば物騒なシーンなのに、とてもユーモラスで楽しいシチュエーションに仕上がっているのは、彼の功績が大きいと思った。
ゴロンと横たわった彼を置いて恋人たちは逃げ、手下どもは親分のだらしなく横たわった姿を見る羽目に。イニゴ=カールの出番がここで終わりなのがすごく残念。
1幕1場を観ていると、ガラなどで2幕が上演されることが多くても、全幕での上演が少ない理由が良くわかる。2場はちょっとコミカルなので、珍しいものが見られたという意味で楽しめた。
2幕。舞踏会にリュシアンとパキータがやってきて、ドン・ロペスの陰謀を暴き彼は追放される。リュシアンはパキータに求婚するのだけど、パキータは私は身分が低いジプシーなんで…と断ろうとすると彼女の持っていたロケットが落ちて、その中の写真と、飾ってある伯爵の肖像画が同じ人で実はパキータは伯爵令嬢であることが判明。驚きのあまり失神するパキータ。オーレリのわざとらしい演技が結構笑える。抱きかかえるのはオドリック・ベザールとフロリアン・マニュネ。そしてパキータは白いドレスに早代わり。
まずはリュシアンとパキータのアダージョ。白い衣装の二人が踊ると、スターの輝きがキラキラしていて眩しいほど。やっぱりルグリのサポートは鉄壁。
次に二人の将校-ブシェとデュケーヌが踊り、将校たちとマズルカ(全部男性)がワラワラと出てくる。こんなに男性の踊りがたっぷりとあったとは意外。ガラでも、女性コール・ドは踊っているけど男性が踊るところなんてあんまり観たことないし。フランス軍の軍服というのはやっぱりカッコいいし、見目麗しき男性たちが踊るのでこれは大変目の保養になる。揃っていないけどそんなことは気にしない。
さらに今度は女性ダンサーたちが入場する。華やかなグラン・パが繰り広げられる。ロイヤル・ブルーのチュチュのダンサーたちが6人と、茶色のチュチュのダンサーたちが8人。とてもシックで美しい。でもスペインという雰囲気は皆無。「明日のエトワールたち」というドキュメンタリーに出ていたローラ・エケは青組で、もうひとりのマチルド・フルステーは茶色組。マチルドはめちゃめちゃ細くて、本物のお人形さんのように可愛らしい。その上、踊りもピカイチといっていいほど際立っていた。きれいだな~とぼけーと観てしまった。
そしていよいよグラン・パ・ド・ドゥ。これでもか、これでもかというほどの難しい技の乱れ撃ちである。ラコットらしく、ルグリのヴァリエーションはアントルシャ・シスがいっぱい登場する脚捌き系。アントルシャの美しさは流石。バットゥリー関係は、やっぱりちょっと年が出てしまうけど。ジュッテとピルエットやトゥール・ザン・レールなど回転系を組み合わせたり、なんだかすごいことになっている。一方、オーレリの方もなんだかすごいことになっていた。今まであんまりテクニシャンという印象がなかったのだけど、実に安定していて素晴らしい。、ものすごい速さのシェネなども形が崩れなくて美しい。32回転のフェッテは、速さはものすごくゆっくりなのだが、確実にきれいに回っていて、決して軸がぶれることがない。3回に1回程度ダブルを入れている。最後はまたすごく速いピケターンを入れてステージを斜めに横切り、コーダが終わり、ルグリがオーレリをリフト、オーレリがとても美しいアンオーの下で、光を放ち輝いている、と思ったらまだフィナーレが残っていて、男性群舞があったり、リュシアンのシェネがあったり、パキータのフェッテがあったり、とにかくなんだかよくわからないほどすごいんだけど、もはやお腹いっぱい。二人が奥にある階段を上り、めでたしめでたしと幕。セットも流石にとても趣味が良くて綺麗だった。
「パキータ」という演目が今ひとつ面白くないのは、1幕では主人公二人はあまり踊らないのに、2幕ではこれでもか、と親の敵を討つような勢いでお腹いっぱいになるまで踊りまくっていてバランスが悪いというのが原因のひとつではないかと思う。たとえば「くるみ割り人形」も構成上はそういういびつさがあるのだけど、くるみに関しては、その分クララの成長物語とか怪しいドロッセルマイヤーとかいろいろ出てきて楽しいので退屈する暇がない。パキータにはそういう楽しさはないのよね。1幕はなんだかいろいろな人が踊る割には振付も面白くないし音楽は最低だし。
その上、やっぱり、ジプシーだから結婚できないけど実は貴族でいとこ同士だから結婚できましためでたしめでたし、というのは人種差別的で、好きになれない。身分の差といわれても、大きな障害になっているようには全然見えないからドラマティックさもないし。結局、グランパ以外の部分が失われるのにはちゃんと理由があったんだと思った。
それはさておき、ダンサーたちはそれぞれ非常に出来も良く、踊りという点で言えば満足できた。特にオーレリのエトワールの輝きは得がたいものである。いつのまにここまでの貫禄と魅力を身につけたのだろうか、と思うほど。ルグリとのパートナーシップも完璧で、もっともっとこの二人の踊りが見たい!と思わせるものだった。1幕ではおきゃんで可愛くて、でも気品があって、2幕では蛹が蝶に育ったかのように花開いている。欲を言えばオーレリのオデット/オディールが観たかった。そしてもちろんルグリのジークフリート王子もね。もはやこれはかなわぬ夢のようだが。
そうそう、この演目は一言で言えばルグリとオーレリの無駄遣いなのである。ここまで演技力も気品もテクニックもまたと観られないほどの高みに達した二人だったら、もっといい演目(だから白鳥だってば!)で観たかったのだ。ああ悔しい。
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