キャスト変更で王子が新エトワール、エルヴェ・モローになったと聞いて即座にチケットをゲット。しかし貧乏なのでまたもや4階席。それでも1万5千円もするという鬼の高値ぶりである。
ヌレエフ版白鳥も2回目なのである程度じっくりと細部を観ることが出来た。1幕で注目はなんといっても王子とロットバルトのカラみである。エルヴェ・モローがとても麗しい王子様であるのは言うまでもないのだが、家庭教師/ロットバルトを演じた新プルミエのステファン・フォヴォランが実に存在感があって素敵なのだ。ほっそりとした長身に小さな顔、きりりとしていながら濃い目のハンサムな顔立ち。動きはとてもシャープである。前日のニコラとロモリの間には感じられなかった、家庭教師と王子の間の微妙で妖しい関係性が見られる。家庭教師が王子の手を取り、二人でヌレエフ独特の複雑なパを踊るところは、家庭教師が無理やり難しいステップを踏ませているような加虐的なところがあって、王子も苦しいと思いつつも本当は嬉しそうなところを隠さない。家庭教師の邪悪な囁きに耳を傾け毒され破滅していく様子がよくわかる。ノイマイヤーの「幻想-白鳥の湖のように」のルートヴィヒと影の関係を思わせる。そこには共犯的な、そして少し同性愛的な空気が漂う。
エトワールとしては初めて日本の舞台に立ったエルヴェ・モロー。お顔が美しいのは言うまでもなく、脚もほっそりとしていてまっすぐで美しく長い。ただ、踊り手としてはノーブルなあまり大人しく地味な印象があるのは否めない。テクニック的には全く問題はないし、ジュッテ・アントルラッセなども高いし足音もしないし端正でよいのだが。常に孤独の影を背負っている王子で、パ・ド・トロワで宴が盛り上がっている時でも、セットの後ろで踊りに目も向けず背中を向けて佇んでいるし、女の子たちに囲まれても、心ここにあらずといった雰囲気。それだけに、ロットバルトやオディールに知らず知らずのうちに絡めとられ魅入られていく様子に説得力がある。
王子と家庭教師/ロットバルトとの関係に重点をおいたヌレエフ演出だからともすればオデット/オディールの存在が希薄になる危惧もあったのだが、このオデット/オディールを踊ったデルフィーヌ・ムッサンがありえないほどの素晴らしさで、それゆえ立体的で陰影のある見事なドラマに仕上がったといえる。
産休明けで出演した「バレエの美神」でのデルフィーヌ・ムッサンは正直言って精彩を欠いていたので果たして今回はどんなものだろうかと思っていたのだが、さすがエトワールであった。なんといっても上半身の使い方が美しい。昨日のアニエスのように長身ではないが腕がとても細く動きがとても繊細で指先までとても丁寧に踊っていて、オデットの儚さを表現していた。ものすごく華のあるタイプではないのだが、それゆえかえってオデットの悲しさが伝わってきて、胸が潰れるような思いがした。若くないし産休から復帰して間もないこともあって後半スタミナ切れが見られたのは残念だったが、表現力がきめこまやかで、柔らかい上半身をフルに使った、守ってあげたくなるような楚々とした白鳥だった。
とても印象的だったのが、2幕での白鳥と王子のパ・ド・ドゥが終わった時に、モローがとても守ってあげているかのような感じで優しくムッサンの腰を抱いて退場していくところ。グラン・アダージョの時もアロンジェに広げたオデットの腕を優しく包み込むように下ろさせていた。ニコラもここはとても優しかったのだけど。ナイトのような誠実そうな王子であった。 この二人の組み合わせは非常にマッチしている。
グラン・アダージョで王子がオデットをリフトし、同時にオデットが両足を平行に広げるところがあるのだが、通常オデットは脚を180度近くに広げる。ところが、ムッサンはおそらく100度くらいしか広げていないのではないか。それでも、それがかえって彼女らしく、慎ましくて儚い感じを醸し出して好ましく思えたのだ。 アダージョを観ただけでもう涙が出てきてしまうほど情感がこもっていて、素敵だった。
3幕でのオディールは一転して、アダルトな雰囲気のある、優雅で知的な悪女という感じが素敵であった。妖艶とか邪悪とかそういう強いイメージではなく、大人の女の魅力で絡めとリ、若い王子は惹かれずにはいられなくなっていく。フェッテは全部シングルでスピードもゆっくりではあったが、とても安定していて美しく回っていた。
一方王子はと言うと、完全に幻惑されて我を見失っているのがわかる。キャラクターダンスだってろくに見ていないし、各国の姫君を見せられても全然興味なし。女王にお妃を選びなさい、と迫られえ拒絶するところはニコラのように強い拒絶ではなく、ふーん僕はいやだよ、と他人事のように答えている。そしてオディールが登場した時には魅入られたように魂を奪われてしまって、さらにロットバルトの悪の囁きでさらに魂を抜かれてしまっていた。だから、騙されたことがわかった時も一瞬何が起きたのかわからず、愛を誓う動作を繰り返してから、ようやく事態を把握してへたり込むのであった。(ニコラは彼と比べると相当情熱的な王子であったことがわかる)
悪の囁きを行い、王子に「オディールに結婚を誓え」と迫るロットバルト、フォヴォランの邪悪な表情が最高にクールでゾクゾクした。彼はかなり演技が上手なダンサーである。
4幕については、昨日書き忘れたことであるけれども、王子とオデットをつないだ手というのが非常に重要な役割を果たしている。王子はオデットに許しを乞い再び愛を誓うがときすでに遅し。ロットバルトがやってきて、オディールを永遠に王子の手から奪おうとする。それに対抗すべく、王子はオデットの手を固く握る。しかしついに悪魔の力の方が上回り二人をつなぐ手が引き離される。オデットを奪われた王子はロットバルトと戦うが勝ち目はなく…
ドライアイスの海の中を力なくもがく王子。モローのような麗しい王子だと実に絵になって美しい構図だ。そしてやはりここは、湖で溺れ死んだルートヴィヒ2世の姿と重なるのであった。
主役3人以外について。
パ・ド・トロワに関しては、初日のドロテ・エミリー・ティボーの3人の完勝。この日のノルウェン・ダニエル、メラニー・ユレル、クリストフ・デュケーヌも決して悪くはないが、前の日がよすぎたといってもいい。コール・ドの脚のうるささは少しは解消されたと思うが、それでもやはりうるさい。それにしても、ヌレエフの振付は一つ一つの音にパを用意しているくらいで、脚が地獄のように疲れそうな苛酷な振付である。4羽の小さな白鳥の振付だってわざと難しくアレンジしてあるし。
キャラクター・ダンスについては、今回はナポリのミリアム=ウルド・ブラムとエマニュエル・ティボーが良かった。それにしても、民族舞踊なのに皆同じような色使いなのが残念である。民族色があまり際だなないのだ。振付についてもやたらバタバタとせわしなくて、メリハリがないのがちょっとつまらない。
大抵の「白鳥の湖」は4幕が蛇足というか、ハッピーエンドでも王子とオデットが心中するパターンでも今ひとつしっくりと来なくて面白くないのだが、この版に限っては変幻自在の隊形といい、王子・オデット・ロットバルトのパ・ド・トロワの再現といい、とても面白い。で、友達とも話していたのだが、2幕と4幕が実際のところは王子の夢というか妄想であるというところを示すように、白鳥たちが、同じく悪魔に騙された娘たちの姿ではなく、一種のクローンであるかのように表情に乏しく、ダンサーたちの学んできたメソッドがほぼ同じということもあるのだと思うが、生き物らしさを消しているところがとても恐ろしいのである。北朝鮮のマスゲームといってもいいほどだ。白鳥たちがオデットや王子の味方であるという描写が今までは主流だったのだが、ここでは、マシュー・ボーン版の白鳥の湖にもみられるように、敵対する存在といってもいいほどだ。そう見えるのは、王子が家庭教師=ロットバルトに吹き込まれてすっかり正気を無くしてしまっているからと考えられるだろう。
ヌレエフ版の「白鳥の湖」の解釈がとても面白いし、主役3人も非常に素晴らしく満足の行く公演であった。
最近のコメント