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2006/04/17

ピナ・バウシュ・ヴッパタール舞踊団4月16日

ストラヴィンスキーの「春の祭典」は曲自体も非常に気に入っていて一時期は持ち歩いて電車の中でも聴いていたくらい。そしてピナ・バウシュはいつか観たいと思いつつもなかなか機会がなくて、今回初めて観ることになった。

「カフェ・ミュラー」
三方をガラス(もしくは透明なアクリル)の仕切りで囲まれ、左手奥に回転扉のある空間。カフェのように机と椅子が並べられている。左手奥には、ピナ・バウシュ御大が夢遊病者のように佇み、長い髪の女性と赤毛の女性という女性2人と、男性3人が様々な動きを繰り広げる。
ピナの存在感はピカイチだ。長身痩躯。長くて細い腕の動きが実に優雅だ。彼女が演じる少女はどうやら目が見えていないようで、他のダンサーたちの動きとは無関係に動いているのだが非常にエレガントで姿勢がよく、美しい。一方、他のダンサーたちはというと、とても印象的だったのが一組の男女。長い髪の女性が男性Aに抱きつく。すると、もう一人の男性Bが介添えするように彼女の体を持ち上げ、お姫様抱っこのような感じで水平に抱かせる。ところが、男性Aの方はだらりと腕を下げてしまって女性は落下する。女性は再び立ち上がって男性Aに抱きつく。男性Bの介添えで男性Aが女性を抱き上げるがまた落下する。それが何回も繰り返された後、今度は自発的に男性Aが女性を抱きかかえては落とす。これも何回か反復されるのだ。この動作が繰り返されるにつれて、会場内にちょっと笑いが起こったが、ここは本来悲しいシーンなんだと思う。
やがて、この男性Aと女性はお互いの体を激しく透明な壁にぶつけあい、ピナ演じる少女は回転扉をぐるぐる回っている。そしてその後女性はパンツ一枚で背中を舞台に向け、テーブルに突っ伏すように座っている。服をかけてあげる男性。
ダンサーたちは椅子やテーブルを倒しながら全速力で走り回り、男性の一人は椅子やテーブルが邪魔にならないように片付けてまわる。難解なんだけど、でもとても独創的で面白い。ダンスというよりは演劇に近い感じだが、これがピナの提唱したタンツテアターというものだ。間違いなく、人と人との関係、生き方について啓示している作品だといえると思う。

休憩時間は、舞台の上にまずシートが張られる。土を収納した6台のタンクローリーのようなものが出現し、大勢の職人さんたちがタンクローリーから土を出して、ならしていく。この土ははるばるドイツから運んだものだそうだ。3階席から見ていたので、質感は良くわからなかったけど、ふかふかで少し湿り気のあるような印象を受けた。この過程を見ているだけでもとても面白かった。

「春の祭典」
タンツテアター宣言を行う前の、75年の作品。ストラヴィンスキーのこの曲に振付けられたバレエは、ベジャール版とニジンスキー版を観ている。比較すると、ベジャールはそもそも私があまり好きではない振付家なのだが、原始的な世界での性の儀式というべきもので、独特の世界観、インパクトはある。ニジンスキー版は、内股のパや首をかしげた動作が型破りで、美術、衣装などトータルな芸術として非常に優れているものだと思う。また最後に選ばれし乙女が死ぬまで踊り狂う振付が凄まじい。対して、ピナの振付というのは人間の存在というものに最も迫ったものではないかと思った。

舞台中央、赤い布の上に横たわる一人の女性。ひとり、また一人と女性たちが舞台の上に増えていく。踊り始める彼女たち。そして今度は男性の群れが加わる。男たちから向けられるあからさまな視線。恐怖の表情を見せる女たち。地面の上に敷かれたままの赤い布。ユニゾンで上半身を振り下ろす力強い動きを見せる彼ら、彼女たち。美しいジュッテを見せたかと思うと倒れこむ者たち。やがて彼ら、彼女たちは土まみれになる。立っている男性の腰のところに女性がまたがり性交しているかのように腰を振る動作。暴力、そしてセックス。ついに、赤い布は次々と女性たちの手に渡される。最後に赤い布を持たされた女性が、選ばれし生贄となるのだ。赤い布を手にした女性は慌てて他の女性に渡すのだが、最後に、渡しそびれた女性が一人。なんともいえぬ哀れみのこもった視線を一身に浴び、赤い布を着させられる。赤い布はドレスだったのだ。女たちに助けを求めても、拒絶される。男性の生贄も選ばれて、仰向けになりながら腕は上げたままの苦しそうな体勢を取らされる。そして恐怖に震えながら死の舞踏を舞う乙女。傍観者のように彼女を見つめる残りの人々。多分、この作品に対して否定的な見解をする人というのは、彼女が死ぬまで踊らされているのに、群集が熱狂するのではなくクールに見ているだけということに違和感を持っているってことだと思う。でも、実際のところ、このようなことが目の前で繰り広げられたら、そんな風な態度をとってしまうのが人間なのではないか?この作品はニジンスキーによるものでも、ベジャールによるものでもないし、ストラヴィンスキーは曲を作ってはいるけれども、振付は違う。これはピナ・バウシュによる作品なのだ。儀式とか春の目覚めとか性の祭典とかではなく、人間を見つめた作品なのだと思う。もともと、「春の祭典」はドイツ語では「春の生贄」というのだそうだ。

人種も年齢も体型も様々な男女が、裸足で泥まみれになって踊り狂う。"人間"の多様性を感じた。3階席からでも、はあはあと苦しそうな息遣い、恐怖に震え嘆く声が聞こえてくる。生身の人間から生じる圧倒的なパワー。透けてくる哀しみ。すごい作品を観たと思った。剥き出しの暴力、恐怖。しかし、最後には涙が出てきた。

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コメント

こんにちは。
私も今回の公演が初ピナ・バウシュでした。

>会場内にちょっと笑いが起こったが、ここは本来悲しいシーンなんだと思う。

私が見に行った日(6日)も、このシーンで笑いが起こりました。実は気になったんです。他の日もそうだったんですねー。とても切ない、いいシーンでした。

休憩中はロビーに出ていて土を敷きつめるところは見逃してしまったので、naomiさんのレポを読んで「そうだったのね~」と納得。どんなに激しく踊っても床が露出しないくらい敷きつめてあって驚きました。

unoさん、こんばんは。

帯状疱疹中につきお返事が遅れてスミマセンです。

そうそう、あのシーンは確かに滑稽といえばそうなんだけど、でも何回も求め合っても手の中から零れ落ちてしまう切なさを感じたんですよね。8月にカフェ・ミュラーはNHKでTV放映されるらしいので、またこのあたりゆっくり見直してみたいと思います。

あの土をならす作業は面白かったですよ!写真を撮っている人がたくさんいました。私もカメラを持って繰ればよかったなと思ったほどで。職人さんも外国の方が多かったような気が。転んでもあれは痛くなさそうだけど、湿り気があるから踊るのはちょっと大変そうでしたね。

>帯状疱疹中につきお返事が遅れてスミマセンです。
お気になさらず~。お体が早くよくなって、パリ・オペを楽しんで下さいね。

土作業、やっぱり見たかった~。写真もOKだったとは。カフェ・ミュラーの放送があるとのこと!素敵な情報ありがとうございます。

unoさん、
「カフェ・ミュラー」の放映予定は今のところ8月13日(日)の芸術劇場だそうです。バレエフェスのガラの日ですね。チケットが取れるかどうかは?ですが

8月13日(日)ですね!ありがとうございます。楽しみですね~。

本当、バレエフェスのガラの日ですね。忘れないで済みそう。チケット取れるといいんだけど…。

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