3/18 ア ビアント~だから、さよならはいわないよ(牧阿佐美バレヱ団)
あらすじを読んでいたので覚悟をしていたとはいえ、本格的なサッカーの試合をバレエで表現していたのには笑ってしまった。 高円宮殿下が無類のサッカー好きでいらっしゃったことを鑑みても、ね。
しかもロバート・テューズリーの対戦相手は保坂アントン慶率いるヘルズ・エンジェルズみたいな革ジャン軍団よ。(一応嘆きの壁の門番らしい) ボールは登場しないけど、動きを追っていくと透明なボールが見えてくるし、タックルもしているし、3-2-1 というフォーメーションになっているし。実際に観てみると、サッカーをバレエで表現するというのも悪くはないと思ったけど、ちょっと長すぎたしゴールはあまりにもあっけなく決まってしまった。
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バレエを支援されていた高円宮殿下追悼、牧阿佐美バレエ団50周年記念作品。原作島田雅彦、音楽三枝成彰、演出牧阿佐美、振り付け三谷恭三、ドミニク・ウォルシュと豪華なんだけどどこか微妙な感じのスタッフ。吉田都さん主演ということで、絶対に観なければと思いつつも、チラシに書いてあったあらすじを読むとこれがまたえらく複雑そうだし、唐突にサッカーの試合が、なんて出てくるので不安いっぱいで足を運んだのであった。
パンフレットを読んであらすじを頭に入れておかないとわけがわからなくなるという事前情報があったので、一応読んでから見たのだけど、実際、やっぱり複雑な話なのだ。ロバート・テューズリーが扮するリアムは一体何回死んでいるんだろう。でも、何回死んだとしても、魂はつながっているということがテーマだから致し方ないか。もう少し死ぬ回数が少ない方がスッキリしてよかったと思う。
バレエ作品として観ると、踊る場面が非常に少ないのが気になった。上記のようにかなり複雑なストーリーのため、説明的なマイムが多く、踊りで語るというところが二の次になってしまっているきらいがあった。島田雅彦というバレエ作品の原作を書くのが初めてという作家を起用したからだろうか。
原作そのものはとても良いと思う。プログラムの別刷りで、島田雅彦による音楽のイメージというかなり詳細な文章が載っているのだけど、これを読むと実はこんなに素敵な、イマジネーション溢れるお話だったのか、と思う。これをバレエにするのは非常に難しい作業だったのだろう。で、実際にバレエになったところを観ると、なんだかロールプレイングゲームのような印象を与えられてしまった。サッカーボール、手紙、竪琴といった小道具が渡されるところ、そして何回も死ぬところなどは特に。「黒い男が矢を青い男に射る。矢は楽器に当たった。白い男が矢を青い男に射る。青い男は死んでしまった。青い男に冥界の女王は手紙を渡した」ってテロップが頭に浮かんでしまうんだもの。詰め込むだけ詰め込んだ結果、そうなってしまったのだろう。
バレエとしてみた場合、上記のような不満点が出てくるわけだが、バレエということではなく舞台として見たら、複雑すぎるところを除けば決して不出来ではないのでは、と思った。かなり睡眠不足の状態で観たのだが、全然眠くならなかったし。
2幕3場の「白い部屋」がクライマックスといえる。リヤムの亡霊とカナヤの踊りと演技。さすがに都さんもテューズリーも演技が非常に達者なので、この二人のいおおしく切ない魂の触れあいの描写は心の琴線に触れるものだった。横たわるリアムの遺体とは別のところから、パンツ一丁のリアムが現れ、彼の死に打ちのめされたカナヤを包み込むように優しく抱擁する。二人の、別れを惜しむようなパ・ド・ドゥ。「マノン」の沼地のPDDを思わせるような、カナヤを回転させるリフトが多用されている。都さんの素晴らしいところは、踊りながらも同時に感情を体の動きで繊細に伝えられる稀有な才能を持っているところだ。離れたくないのに離れなければならない、でも肉体は別々のところにあっても決して魂は離れないよ、ということを雄弁に伝えていた。テューズリーもドラマティックな演技が非常に優れているダンサーで、二人のパートナーシップは素晴らしかった。このシーンは独立したパ・ド・ドゥとして今後上演されてもいいと思った。でももう少し都さんの踊る場面が観たかったというのは贅沢だろうか?終わり方はあまりにもあっけないのが惜しまれる。
1幕4場の「求婚の祭」は楽しいシーンである。ボレロでは、6人の男性ダンサーたちがそれぞれの得意技を披露する。塚田渉さんはバック転。やはり菊池研さんのグラン・テカールと華麗な回転技は際立っていた。カナヤに求婚する白い男と黒い男のヴァリエーションも派手な見せ場があった。中でも、さすがに新国立劇場のマイレン・トレウバエフの男らしい中にも端正な踊りは観ていて気持ちがいい。その後のサッカーのシーンまでが展開がもたつくのがもったいないのだけど。
2幕1場の砂漠のシーンから2幕の無法地帯と化した街までのシークエンスもよくできていた。巫女たちの踊りはとても美しかったし、老いた盲目の王と若き日の王、そして王の娘はそれぞれ存在感があった。若い日の王を演じた小嶋直也は、非常に短い登場シーンだったけどシャープで柔軟な動きで、優れた踊り手振りを発揮。あまりにも短い登場がもったいなかった。
部分部分を取ってみると素晴らしい場面はあるし、2幕は盛り上がっていて心に染みる作品になっているのだから、もう少しすっきりとした構成にして、説明的なマイムを省けばより良い作品になるのではないかしら。
衣装と照明はクオリティが高くてとても美しかった。特にカナヤや巫女など女性たちの衣装は流れるようなラインでセンスがよいと思う。1幕1場の森のシーンの動物たちの着ぐるみは可愛い。舞台装置はほとんどなく、バックに木や砂時計、湖といった映像が映し出されるだけのものだが、洗練された印象を与えた。音楽は…所々はよかったところもあるのだが、シンセサイザーの多用は安っぽく聞こえることもあった。カシオペアの向谷実が生演奏しているという豪華版なのだが。オーケストラの演奏は、かなり外していた。
この公演、吉田都さんの踊りを目当てに来たお客さんが多いと思われ、それに対して彼女の踊る場面というのはとても少なかった。が、一つ一つの仕草や表情が実に優雅で品格があり、カナヤというキャラクターの健気で一途にリヤムを愛する強い思いが伝わってきて、踊りを抜きにした吉田都さんの魅力を実感させられた。何度も何度もリヤムから引き離され、どんなに堅く抱き合っても力づくで容赦なく引き剥がされる、だけど最後には、離れていても彼をいつでもそばに感じていられるということに安らぎを見出す。強さと弱さを併せ持つこのキャラクターの演技は非常に難しいだろうけれども、彼女に当て書きされたのではないかと思うほど合っていた。もちろん都さんの踊りはいつ観ても完璧なのだが、いつか彼女が踊れなくなる日がきたとしても、それでも類稀なパフォーマーとして演じつづけることができることを確信した。
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高円宮憲仁親王殿下追悼 ~Á bientôt だから、さよならはいわないよ~
Bunkamura オーチャードホール
カナヤ: 吉田都
リヤム: ロバート・テューズリー
冥界の女王: 草刈民代
原作: 島田雅彦
作曲: 三枝成彰
演出・振付: 牧阿佐美
振付: 三谷恭三/ドミニク・ウォルシュ
美術: ルイザ・スピナテッリ
照明: 沢田祐二 感動した。純粋にバレエだと思って、とりわけ踊りのみに注目してしまうともしかしたら「チケット代返して!」という気分になってしまったか... [続きを読む]
» ア ビアント 〜だから、さよならはいわないよ〜 [首都クロム]
主なキャスト(敬称略)
カナヤ:吉田都
リヤム:ロバート・テューズリー
冥界の女王:草刈民代
ストーリー性ではなく思想に重きを置いたものだと思うので、あぁ面白かったで終わらない作品ではないでしょうか。お話の内容は、プログラムやリーフレットを読んで初めて解るくらいの、少々複雑なものでした。
バレエで語るには説明が多すぎ、映像で見せようとしたらやりすぎ、寧ろ書物(絵本とか!)にしたら相応しい内容かも知れませんね。幻想的で、森の動物たちが登場する所は寓話的だから。でも、このキャストで... [続きを読む]
> 「マノン」の沼地のPDDを思わせるような
そうでした。カナヤと亡霊となったリヤムのPDD、そしてカナヤの回想(?)の場面では私も「マノン」の沼地のPDDを思い出しながら見ておりました。自分の鑑賞記にはすっかり書くのを忘れてしまいましたがf^^;。
> このシーンは独立したパ・ド・ドゥとして今後上演されてもいいと思った
> 踊りを抜きにした吉田都さんの魅力
この点についても同感です。純粋にバレエとして踊りに注目してしまうと、あるいは都さんの踊りを見たいという期待だけで行ってしまうと確かに不満が残る公演だったかもしれませんが、都さんとテューズリーという二大「役者」の素晴らしさを堪能できる作品だったと思います。
投稿: Tomokovsky | 2006/03/19 11:27
Tomokovskyさん
そうそう、振付だけでなく、倒れこんだカナヤの脳裏に今までの出来事の幻影が走馬灯のように走るところはまるで「マノン」の沼地のようでしたね。やはり振付のウォルシュは「マノン」での好演ぶりが印象的だったので。
改めて都さんとテューズリーの役者ぶりが堪能できたので、モトが取れた気分になった公演でしたね。都さんの舞台は後何回観られるのでしょうか。
投稿: naomi | 2006/03/20 02:38