12/16 ジェイソン・パイパーLAST SWANその2
3幕でザ・ストレンジャーとして登場したジェイソン。一昨日と同じく、ほとんど笑わない、スナイパーのような目をした、黒い影のような異邦人。純真な王子はたちまち魅入られたように射すくめられてしまう。各国の姫君たちは吸い寄せられるようにストレンジャーと踊るが、相変わらずストレンジャーはにこりともしない。たとえばハンガリーの王女との踊りでは、王女はストレンジャーの革パンツをぴしゃりと叩く。今までだったらジェイソンは叩かれた尻を見てから観客の方を向いてにやりと笑うのだが、にやり笑いは消えていた。本当にストレンジャーは王女たちには全然関心は無いんだな、ってわかる。彼はこの舞踏会に送り込まれたテロリストであり、標的は王子だけなのだ。女王にだって、実はぜんぜーん興味はない。女王とストレンジャーとのパ・ド・ドゥは、女王が一人で陶酔していてとろけそうになっているけどストレンジャーはクールそのもの。そういえば、ここの振り付けはアジアツアーのとは変わった気がする。イザベルの演じる女王が重いのか、リフトが以前のような、女王を逆さまにするような高さではなくて控えめなものに変えられているのだ。
全然笑わない、冷酷なストレンジャーは、でも実は自分の弱さや底の浅さを隠すために虚勢を張っているような印象も与えた。銃を持つ人間は、恐怖があるから銃を持つのと同じで、攻撃は最大の防御とばかり、ストレンジャーは精一杯恐ろしいセクシャル・テロリストの振りをしている気がした。彼は、王子の純真さ、無垢さが怖かったのだ。だからこそ、王子に対してあんなにアグレッシブに振舞ったのかもしれない。ストレンジャーは、実はそんなに悪い人ではなくて、悲しい存在なのだ。
ストレンジャーと王子のタンゴでは、日本公演のときのようなサディストぶりは息を潜めているが、突き放したような冷たさと容赦のない攻撃性が感じられて、王子がかわいそうでたまらなくなる。見事にストレンジャーが女王を誘惑することに成功し、キスをしたところへ割って入る王子。日本公演のときにニール・ウェストモーランドなどは乱れた服装と髪で登場したが、こちらのニール(・ペリントン)はあくまでもきちんとした折り目正しい外見をしているのが、さらに切ない感じだ。そこへぞっとするような高笑いを見せるストレンジャー。
昨日、一昨日とちょっと大人しいかな、と思っていた男女対抗群舞合戦だが、この日はメンバー一同かなり弾けていた。前二日間はあまり大きくなかった「うぉ~」というかけ声も出ていたし。ここはやっぱりノリノリじゃないとね。クールなストレンジャーもここではノッていた。アランのストレンジャーはあまりここ、ノリノリじゃなかったのだ。
精神病院に担ぎ込まれた王子。かわいそうなくらい怯えていて、小さな体がますます小さく見える。「なんで僕にこんなことをするの」と激しい悲しみを見せていた。手術をされてしまって、横たわる王子を見つめる女王はちょっと心配そうだが、でもしかたなかったのよね~って感じで母親らしい優しさとは無縁の様子。
ついに4幕になってしまった。ベッドから這い出るジェイソンの傷ついた姿がどうしてこんなに美しいのだろう。肉体だけでなく、精神までも完膚なまでに痛めつけられている。傷ついた獣の中にある絶望的にやるせない愛がこめられた視線の優しさ。残された力を振り絞って立ち上がり王子を守ろうとするが引き離される。なす術もなく襲撃され傷つけられている王子を見て、地団駄を踏んで悔しがる。すでにここでザ・スワンは泣いていた。倒れた王子をくちばしで引きずり、頬を摺り寄せ、死んだと思って慟哭する。まだ息があった王子とザ・スワンが身を寄せ合い心を通い合わせるところで流れる温かい感情が好きだ。チャイコフスキーの白鳥のテーマ「情景」が流れ、白鳥たちが一羽一羽ベッドの上に飛び乗って恐ろしい群れを作る。その群れとユニゾンとなって翼を上下させるザ・スワン。そう、ここでザ・スワンの肩から再び羽根が生えるのが見えた。折れて羽根が抜けてボロボロにはなっているけど、しかしそれでも力強くはばたいている。力強さと傷ついた面を同時に表現するのは非常に難しいことだと思うけど、それが唯一できるのがジェイソンのスワンだと思った。
ベッドの上に追い詰められ、聖セバスチャンのように磔になったザ・スワンはここで再び真っ白に輝き、強い光を放ったかと思ったら王子の方に手を伸ばしながらも燃え尽き消えていった。
放心したように宙を見つめながらも、残されたわずかな力でザ・スワンの姿を求めた王子。その必死な姿に思わず涙が一筋目を伝う。だが、その生命の灯火はスワンNo.9のドミニクの一撃で消えた。
カーテンコールのジェイソンとニールは、素晴らしい舞台を踊り終えた満足感で、とても幸せそうな顔をしていた。はしゃぐわけでもなく、ただただ、いいパフォーマンスができたことの嬉しさが感じられる顔を見られたのは嬉しい。そして他の出演者もみな、とても嬉しそうだった。観客も皆立ち上がって素晴らしい演技を称えた。
パリでこのような素晴らしいパフォーマンスが見られてとても幸せだ。しかし、あまりにも完成度の高い舞台なので、立ち上がれなくなるほど動揺するとか、憔悴するといった気持ちにはならなかった。もしかしてこれ以上すごいSWAN LAKEを見ることはないのかもしれない。ジェイソンの踊りはこれ以上のことはないというくらい完璧で、一点の曇りもないザ・スワン、ザ・ストレンジャー像を確立した。おそらく彼も、もはやこれ以上のパフォーマンスはできないと考えていたのではないか。そして、やっぱり、首藤さんやクリス相手でも見たかったという思いを新たにした。もちろん、ニール・ぺリントンの王子もとても良い。だがパートナーシップとエモーションいう意味では、首藤やクリスとのほうが優れていたと思う。だから、満足はできたけど、心が震えるほどの感動はここには無かった。いつか、ジェイソンが三度ザ・スワンに返り咲いて、クリスと踊ってくれたらなあ…。
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naomiさん第2弾ありがとう。
すばらしい心の中の解釈ですね、naomiさんの言う通りだと思う。
特に「ストレンジャーは精一杯恐ろしいセクシャル・テロリストの振りをしている気がした。彼は、王子の純真さ、無垢さが怖かったのだ。」のところ。
今回も涙、涙でした。(なぜ泣くのかわからないけど。。)
全てのものがいつかは終わるときが来るわけですけど、やはり寂しいくって、もう一度って願ってしまいます。
投稿: ずず | 2005/12/28 11:49
私も自分が目撃したジェイソンの素晴らしい舞台を記録しておきたいっていつも思うのですけれど、全てがあまりに素晴らしすぎてかえって言葉を見失ってしまうのでした。散発的に浮かんでくるスワンレイクのシーンをじっくりかみしめたいのですけど、落ちてくる雪片を手のひらで受けるのに似て難しいです。自分では掴みきれないものを皆さんのレポに助けられて感じることができて嬉しいです。また、自分とは違った受け止め方に”なるほどー”と感心したり。素晴らしい経験を共有できる場があることに感謝!naomiさんに感謝っ!!!です。
投稿: Miki | 2005/12/29 01:33
mikiさん初めまして。ずずです。ほんとにnaomiさんのように知識も感性も豊かな方が舞台の記録を残してくださるのって嬉しいですよね。私どんなに感激してもうまく言い表せないし、きちんと順序立てて覚えていられないんです。だから散らかった写真をみごとにアルバムに保存してくださってnaomiさんにはほんとに感謝です。mikiさんが表現されている「雪片を手のひらで受けるのに似て難しい」はほんとにぴったりの言い回しです。
投稿: ずず | 2005/12/29 01:50
ずずさん
いやあ、褒められると照れちゃいます(笑)
>全てのものがいつかは終わるときが来るわけですけど、やはり寂しいくって、もう一度って願ってしまいます。
ほんとそうですよね。私も、これで最後と自分で言い聞かせながら神戸行ったり韓国2回行ったりパリまで行っちゃいました(苦笑)
でも、今度こそ本当にジェイソンは最後なんだろうな…
Mikiさん
スワンレイクは観る人の数だけ解釈があると思う。そして落ちてくる雪片を受け止めるように、ピッタリと来る表現を見つけるのが難しいとはそのとおりですよね。言葉が指の間から零れ落ちてしまう感じです。その中で、ちょっとでも共通項を感じていただいたらこんなに嬉しいことはありません。また観たいよう…
再びずずさん、
私が書いているのもほとんど自分にとっての備忘録なんですよね。以前観たバレエの公演って結構忘れていて。この間ABTの1993年の
公演パンフレットを発見したんだけど、自分が観に行った記憶自体飛んでいました(苦笑)
投稿: naomi | 2005/12/30 01:23
パリまで行っちゃったnaomiさんは偉いです。ファンの鏡だ!
たくさん行くから一つぐらい覚えてないのもご愛敬ですよ。ふふ
投稿: ずず | 2006/01/02 01:05