7月26日 ABTフリオ・ボッカ最後の「ドン・キホーテ」
キトリ : パロマ・ヘレーラ
バジル (理髪師,キトリの恋人) : フリオ・ボッカ
メルセデス (踊り子コ : カルメン・コレーラ
エスパーダ (闘牛士) : マルセロ・ゴメス
ドン・キホーテ : ヴィクター・バービー
サンチョ・パンサ (ドン・キホーテの従者) : フラヴィオ・サラザール
ガマーシュ (裕福な貴族キゾク) : ギョーム・グラファン
ロレンソ (キトリの父) : アイザック・スタッパス
木の精セイの女王 : ヴェロニカ・パールト
アムール : アン・ミレウスキ
花売り娘 : マリア・リチェット エリカ・コルネホ
ジプシーの踊り : ルチアーナ・パリス エルマン・コルネホ
実はこれが私にとって今回のABT来日公演のメーンイベント。92年の来日公演でお見かけして以来ずっと憧れの人であったボッカ様の最後のバジルなのだ。しかも、彼のバジルを観るのは初めてでもある。その花道を飾るべく、他のキャストも超豪華。エスパーダにマルセロ・ゴメス、リード・ジプシーにエルマン・コルネホと主役を晴れるプリンシパル(しかも二人とも超ラブ)を持ってきている。
フリオ様のバジルは、外見こそやや老けているものの、元気いっぱいピチピチ弾けている。ノリノリのイケイケだ。花売り娘の二人を従えて踊る時には、おじさんが若い娘を二人はべらして鼻の下を伸ばしているように見えなくもないけど。素晴らしいのは、ピルエットの正確さ。軸がまっすぐで、寸分のずれもなく美しいしスピードも完全にコントロールされていて、エリカ・コルネホとマリア・リチェットの若い実力派の二人に決して引けを取らないどころかぐいぐい引っ張っているのがわかるところ。だから、舞台がすごく生き生きする。
もともとサポートの上手さには定評がある彼なので、片手で高々とキトリをリフトするところも余裕だ。2幕の勢いのついたフィッシュダイブもばっちりでまったく不安に思うことなく観ていられる。
何より、独特の茶目っ気が最高!2幕の狂言自殺のシーンでは、かみそりでわき腹を刺した振りをすると、指揮者に指示して音楽を一旦止めさせてしまい、マントを敷いて横になってから、誰も観ていないことを確認して再び音楽を演奏させるという芸の細かいところを見せてくれた。3幕のグラン・パ・ド・ドゥでのマネージュでは、ものすごく高速で回っているというのに、途中で飲み物をぐいっと飲んで見せたりと、逆に自分の演技にすごい自信がなければできないことをやってみせた。
ちょっとスタミナ不足の部分はあるようだけど(例によって1幕の途中から汗だく状態)、それを除けば彼のバジルは最高!お茶目で軽薄で、でもビシッと決めなければならないところはちゃんとキメる。顔の表情一つ観ていても豊かで飽きない。エンターテインメントとして一級品だ。まだまだやれるのに、これで終わりだなんて、あまりにももったいなさ過ぎる。グラン・パ・ド・ドゥのピルエットもバネが効いていて鮮やかで、火花が散るようだった。
パロマ・ヘレーラのキトリははまり役のはずなのに、なんだか今一歩だった。今回やっぱり不調?もちろんグランフェッテではダブルをたくさん入れていてくるくると速く回っているのだが、なんで雑に見えてしまうのだろう。雰囲気はすごくキトリらしくていいのだけど。あと、ボッカとのパートナーシップは、さすがアルゼンチン人同士で鉄壁ではある。
エスパーダのマルセロ・ゴメス。やっぱり彼にはバジルをやって欲しかったな。エスパーダはカッコいい役だけど、踊りのシーンが少ないのよね。マルセロは背が高いので、彼がマントを振り回すとマントがとても小さく見えるのがちょっと笑える。(ついでに、ステージもすごく狭く見える)2幕のソロなどは惚れ惚れするほどのいい男加減で、着地しての決めポーズがビシッと決まっている。白い闘牛士の衣装も凛々しく素敵。メルセデスのカルメン・コレーラは似合っているかな、と思いきやそうでもなかった。長身なのだけどちょっと細すぎるのと、踊りがやや雑。
そしてフリオ様に続く今日の功労者はなんと言ってもエルマン・コルネホ!ABTの現在のヴァージョンのドン・キホーテを観るのが初めてなのだが、リードジプシーのシーンは非常に短いながらも、すべての記憶をもさらっていってしまう鮮烈な踊りである。彼の辞書には重力という言葉が存在しないかのようなふわっとした跳躍、空を切る鮮やかで高らかなトゥール・ザン・レール。この一瞬で、エルマン・コルネホというダンサーの存在は誰もの心の中にも永遠に刻まれたことであろう。
前述の花売り娘二人は、可愛らしくテクニック的にも非常に安定していて言うことなし。森の女王ヴェロニカ・パールトは気品があって美しいが、やっぱりイタリアン・フェッテはちょっと苦しそう。アムール(キューピッド)のアン・ミレウスキはとても愛らしく踊りもキビキビしていていいし、ジプシー娘のルチアーナ・パリスもしなやかでワイルドで魅力的だった。闘牛士の踊りは、今日はファーストキャストでクレイグ・サルスタテイン、ダニー・ティドウェル、エリック・アンダーウッドら活きがいいメンバーが揃った。(でも踊りは笑っちゃうくらい揃っていないけど)
そして忘れてはならないのが、ドン・キホーテ役のヴィクター・バービーである。演技派で、かつてのダンスール・ノーブルだけあって動きがとても綺麗だった。この版はキャラクター・ダンサーが目立った活躍をしており、キトリのパパ、ロレンツォ役はDVD「白鳥の湖」で化け物ロットバルトを踊ったアイザック・スタッパス。実際には若くてハンサムな人なのだが、キャラクターロールをやらせると上手なんだな。
プロダクション全体の話をすると、街並みがくすんだ色使いで衣装もパステルカラーでバラバラの色なので、ちょっと華やかさに欠ける気がする。それよりも困ったのが2幕で、ジプシーの野営地のシーンが暗く、ジプシーたちの顔が判別できない。(ついでに言うと、ジプシーたちがみな謎の長髪で上半身裸、なんだか暴走族の集団みたいだ)夢のシーンも、ちょっと薄暗いしドゥルシネアや森の女王始めコール・ドの衣装にいたるまで暗い水色なので、夢のシーンで想像するキラキラした部分がないのがちょっと…だ。
ボッカ最後のバジルということで、カーテンコールのときに「感動をありがとう」という大きな看板が下りてきて紙吹雪が舞った。ボッカ様もさすがにちょっと驚いたみたいだったけど、本当に感慨ひとしおって感じ。大きな花束を持った女性たちが舞台のほうに駆け寄ってきて、観客たちはみなスタンディングオベーションで、この素晴らしいバジルへ惜しみない拍手。本当にありがとう、フリオ様。引退なんて言っていないで、まだまだ他の役はいっぱい踊ってね。
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