この間の調子で書いていたらいつまでたっても書き終わらないと思うので、できるだけ簡潔に…と思ったけどそうも行かない。
4月9日18時~
ジェイソン・パイパー&クリストファー・マーニーのコンビ。クリス王子を観るのは一ヶ月ぶりである。で、実は3人の王子の中でクリスが一番好き、と改めて思った。もちろん、首藤王子もニール王子もそれぞれ素晴らしいのだが。
今日は最前列センターという席。リピーター濃度の濃い席だ。ジェイソンにきっと釘付けだろうと思っていたら、意外にもクリスに目が行くことの方が多かった。
クリス王子は、純粋すぎて最初から歪んでいて狂っているニール王子と違っていて、等身大の若い男の子って感じの人物像だ。もともとはイノセントでまっすぐ。王室での窮屈な生活のせいでちょっとひねくれており、いじめられキャラではあるが。女王にガールフレンドとの交際を反対されて一番反抗的なのが彼である。感情を顔にすぐ出す直情的な王子。踊りはとても繊細で柔らかく、いくつ関節があるのか、と思うくらいだ。女王との(ちょっと近親相姦的な匂いのする)パ・ド・ドゥは 「ママ、もっと僕のことを愛して!」と叫んでいるかのようだ。そして酔ってバーを追い出された王子のソロは柔らかくて哀しげで静謐でいい。ガールフレンドが執事に金をもらっているところを目撃した時の、裏切られた悲しみの表情。背景に白鳥たちが幻のように浮かび上がるシーンでのすべてを観念したような寂しげな微笑。目がパッチリと大きいクリスは、瞳の演技がとてもエモーショナルだ。
2幕のザ・スワンとのシーン。夢の中に迷い込みスワンの幻影を追いかけているニール王子に対して、クリスは実態としてのザ・スワンを追っているように思える。本当は白鳥たちは幻なのかもしれないけど、間違いなく王子にとってはそれが現実のものとして感じられているように見えた。おそるおそるザ・スワンに近づこうとして、おずおずと歩み寄る王子。ザ・スワンと一緒にいれば、王室での息が詰まるような日々を忘れることができて、普通の男の子のようにのびのびと戯れることができる。初めて知る自由におののきながらも、生まれて初めて王子という立場を忘れてその甘美さを味わい尽くそうとしている。とても切ないのが、日ごろのプレッシャーから開放されているというのに、その自由を満喫するために全身全霊を傾けて、すごく一生懸命になっていること。常にいっぱいいっぱいで生きている彼を象徴しているかのようだ。それでも、少しずつ呪縛から解放され、瞳をキラキラと輝かせて幸せそうな、柔らかく無邪気な表情へと変わっていく王子。やがて彼の踊りはザ・スワンと完全な対をなして、音楽と一体化して軽やかに愛を奏でていく。走り去っていくザ・スワンへと差し出したその手は、生きる意味をつかみとった、と語りかけているようだった。
3幕、ザ・スワンが舞踏会にやってきていないので少し残念そうな王子。ザ・ストレンジャーが登場した途端、まるで雷に打たれたかのような表情を見せ、ずっと彼から目を離さない王子。母親である女王とのパ・ド・ドゥを見せ付けられる時にはさすがに耐えられないのか、目をそらすがそれまでは吸い寄せられたかのよう。ストレンジャーとのタンゴのシーンではいいようにいたぶられ、挑発され、怯える。他の王子の時よりジェイソンの王子いじめはマイルドに思えるのだが、クリス王子はニールほど狂気の兆しを感じさせない普通の繊細な男の子っぽいので、かわいそうでかわいそうで。銃を片手に登場した時には、以前とは違ってシャツの前をはだけ、思いっきり暴れてきた形跡があった。ストレンジャーを突き飛ばした時にジェイソンが思いっきり吹っ飛んでテーブルに衝突したほど。怒る時には激しい王子なのであった。
まだ4幕にたどりついていないのに、ジェイソンまでたどり着いていないのに、書いているこちらが王子に感情移入しちゃってもうダメだよ、泣けてきた…。
さて、このコンビが一番光るのが4幕である。冒頭、舞台の裏から何かが落ちる大きな音があったが、一体何が起こったのだろう。精神病院に連れて行かれた王子。母である女王の姿を見ると一瞬嬉しそうな顔をして、「ママ、ぼくを助けて」と助けを求める。女王は一瞬母親らしい優しい表情をする。が、王子の思いは次の瞬間に裏切られる。執事、そして女王の顔をかぶった看護婦軍団を見て恐怖におののく。パジャマのボタンが全部は止まっていないので、背中や腹が露になる。ロボトミー手術された後ですらも、王子は混乱しながらも思考はとてもクリアーなように見える。
ベッドに横たわっていた王子が目を覚ました後、今までの人生のフラッシュバックを体現するように、彼の体は色んな形にぐにゃりと曲がる。あるときはザ・スワンの動きを模倣し、また別の時には3幕でザ・ストレンジャーによって捻じ曲げられた形を再現している。パンフレットでクリス自身が語っているように、そしてここで王子は人々に手を振ってお辞儀をする仕草をする。幼い頃からそうすることを義務付けられていた彼には、この仕草が植え付けられてしまっていることが見て取れて、胸が締め付けられそうになる。彼の頭の中が色んな想いで爆発しそうになっているのだ。
傷ついたザ・スワンがベッドの中から出てきて、王子の嘆きはますます大きくなる。ジェイソンとクリスのコンビが一番、王子とザ・スワンの絆が強固に見える。二人をつなぐ糸がしっかり見えているのだ。つぶらな瞳にいっぱい涙をためて、ザ・スワンにしがみつく王子。白鳥たちに容赦なく襲われるザ・スワンが少しずつ弱っていくのを見て、泣き叫ぶ王子。彼の泣き喚く声が聞こえてくるようだ。クリスは自分の持てるすべての感情をこめ、ぼくを置いていかないでとスワンを求めるが、ついにザ・スワンは力尽きて消えていく。狂ったようにベッドの上を、中を、絶望的にスワンの姿や残り香を捜し求める王子。ザ・スワンが欲しい。体中の水分がカラカラに涸れ果てるまで全身を使って泣いた王子はついに果てて、キラースワンの一撃でこの世に別れを告げる。
クリスの演技は凄絶の一言。もう4幕のベッドのシーンから涙で目が曇ってしまって。誰かを死ぬほど求める気持ち。誰にも愛されなかった寂しさ。世界中のすべての人々が敵であると思い込んでしまうナイーブさ。牢獄のような日々。そんな中でも、たった一つの光に出会えた歓びとそれを永遠に失ってしまう悲しみ。この世に別れを告げなければ手に入れられなかった愛。王子がその短い人生の中で経験してきたであろう思いが、4幕のエモーショナルで繊細な演技にこめられていて、たまらない気持ちになった。
クリス一人についてここまで語ってしまったので、ジェイソンについては簡単に一言。3幕、ザ・ストレンジャーを演じたジェイソンは“死の天使”という表現がぴったりだった。天使のような邪気のない微笑で、その場にいる人間すべてを殺すのだ。美しい姿形の下には、魔物が住んでいるが、それは決して悪魔ではない。その存在自体は悪を志しているのではなく、ただ己に忠実に生きている結果が、禍をもたらしているだけなのだから。それほどまでに魅力的な存在なのである、ジェイソンが演じるザ・ストレンジャーは。
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