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2005/03/21

「幻想~白鳥の湖のように」ハンブルク・バレエ

またBumkumuraに電話してマシューの白鳥の千秋楽のマチネのチケットを手に入れる。平日昼間公演で仕事休めるのか、って感じだが。しかも今朝、追加公演初日のチケットが家に届いたばかりだが。本当に気が狂っている。チケットを回収するついでにBunkamuraル・シネマで「大統領の理髪師」を観る。今年初めての韓国映画。感想はまた別途。

ブックファーストで、ハンブルク・バレエのリハーサルの記事が載っている「バレリーナへの道」を買って、チャコットで練習用のニットを買う。それからデジカメ用の電池を入手と今日は大散財。

オーストラリアのサイトで注文してから一ヶ月。ようやく届いたハンブルク・バレエ「幻想~白鳥の湖のように」。以前BSで放送されたときに観ていたことは観ていたのだけど、録画しそびれていたので。 PAL盤なのだが、うちのプレイヤーで無事再生ができた。

「白鳥の湖」の王子を、バヴァリアの王ルートヴィヒ2世に置き換えたこの作品、もう冒頭から王が狂ってしまって城に幽閉されるところから始まる。彼の記憶の中に、彼一人のために上演された「白鳥の湖」のシーンが甦り、王はいつのまにか王子に成り代わって劇中に入り込み、踊っていた…。

3幕のシーンでは、オディールがオデットのふりをして王子を誘惑するのではなく、王の許婚であり(そして彼の愛を得たい)ナタリア姫がオデットに扮して、自分に振り向かせようとするという展開が斬新。

全編を通して、彼の“影”が登場する。影は悪魔ロットバルトだったり、3幕の道化&マスター・オブ・セレモニーだったり。そして最後にはこの闇は王を取り込んで覆い隠してしまう。“影”は狂王の心の闇の象徴である。と同時に、ボーン版の「白鳥」ではザ・スワンやザ・ストレンジャーにも相当する、王子の絶望的な愛を受け止めるキャラクターなのだ。

王を演じたイリ・ブベチェニクの演技が凄い。くどくもなく大仰でもないのに、佇まいだけで、その場にいるだけで、気が触れていることがわかってしまうのだから。城の模型にスリスリしたり、親友アレクサンドルを見ても反応しなかったりと完全に逝ってしまっているのだが、それでも王らしく堂々とした気品があるのが泣ける。 虚空を見つめ続ける瞳が映し出す、ロマンティックな狂気。

“影”のカースティン・ユングも素晴らしい。ラストでは王を逆さにして抱え込む恐ろしく難しいリフトをこなし、高貴かつ邪悪で圧倒的な存在感をみせてくれている。 “影”、マスク姿の道化、ロットバルトと色んな役を演じ分けなくてはならず、難役。

オデットを演じたアンナ・ポリカルポヴァ。白鳥という人間では存在を演じている上に、それが王の妄想の中という二重の幻なのだが、本当に夢のように美しいだけでなく、技術的にもこれ以上を望めないくらい完璧だ。光り輝く金髪、存在しているだけでドラマを感じさせるファム・ファタル的な美貌だけでなく、体のラインも跳躍も演技も凄いのだから無敵である。

そして王の親友(で、もちろん想像上の友達)アレクサンドルを演じたアレクサンドル・リアブコ。天使のように無邪気で、彼がのびのびと軽やかに端正に踊っているのを観るのは、至福のときだ。アレクサンドルという人物も王の願望の現れである。アレクサンドルと婚約者のクレア姫とのパ・ド・ドゥの輝き、幸福感は王が決して手に入れることのできないものだから。二人の気持ちの高まりを感じさせる、でも地にもしっかりと足がついたダンス。それに対して、王とオデットに化けたナタリアの踊りは、どこか歪んだ情熱を感じさせるものだ。

古典版だと4幕に相当する部分にあたる、王の死へと至る終幕の演出には戦慄を覚える。チャイコフスキーのオリジナルのスコアの使い方の巧みさ!影と格闘する王。湖を思わせる青い布で王を包む“影”。ヴィスコンティの映画『ルートヴィヒ神々の黄昏」でのルートヴィヒの死を思い起こさせる。求めてやまないものを手にすることができず、物語の中へ、幻想の中に入ったっきり二度と出てくることなく闇の中で一人死んでいった王。狂っているのに、その頭の中、思考は限りなくクリアーであるというところがあまりにも悲しい。

打ちのめされる一作である。

映像特典として、ノイマイヤーのインタビューがついている。(コメンタリーもあるけどそれはまだ聞いていない)とても興味深かったのが、ノイシュヴァンシュタイン城などルートヴィヒの建てた城を訪ね歩いた時のエピソード。未完成だから、と最後まで観ていなかった部屋に踏み込んだときにルートヴィヒの本質を知ったという。一つ一つの城に、自分が愛して病まないもののモチーフを取り入れ、愛する場所を再現しようと心を砕いたのに、ひとつとして完成を見ることができなかったというところにルートヴィヒという人物を見たという。

オーディオコメンタリーについては、Shevaさんのサイトで素晴らしい解説があるので、そちらをぜひご覧ください。

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