ザ・スワン/ザ・ストレンジャー ジェイソン・パイパー
王子 首藤康之
女王 オクサーナ・パンチェンコ
ガールフレンド リー・ダニエルズ
執事 アラン・モーズリー
幼年の王子 ギャブ・パーサンド
本当は余裕があったらマチネも行きたかったが、お金もないし家事もたまっていたし(一応主婦)ソワレから出陣。今回7回目。
今日はザ・スワンにジェイソン・パイパー、王子に首藤康之。水曜日に見に行った時は3階が閉鎖されている寂しい入りだったがさすがに今日は前半最終回だったので入りが良く、客席も大盛り上がりだった。
ジェイソン、ちょっと怪我をしていたみたいで、万全ではないと思わせるところもあったが(汗の量が半端じゃなかった)表現力はますます研ぎ澄まされている。2幕は疲れが見えたが、少しずつスワンと王子の間の距離が縮まってくる様子が手にとるようにわかる。ザ・スワンの存在感も増していて、最初のうちはチンピラグループの大将くらいのやんちゃな感じだったのが、今は2幕の時点から孤高を感じさせるのだ。狼の群れの中でもひときわ獰猛で眼光鋭く他を寄せ付けない聖なる野獣。孤独な狼を思わせるワイルドな風貌。目力がすごいんだよね、彼は。
ヘスススワンのような回転の時のしなやかさ、柔らかさはないけどその代わりぐいっとシャープで力がみなぎり、情熱を感じさせてくれる。野獣らしく音出ししまくる。首藤王子とのパ・ド・ドゥも息が合っている。もちろん、首藤王子のほうが踊りは全然綺麗なのだけど、王子のノーブルさに対応しての野生、動物らしさということを考えればこれはこれでOKなのでは。
首藤さんの王子の踊りは観るたびに惚れ惚れするほど美しい。特に2幕コーダのところで踊りがシンクロするところは、ザ・スワンと対になったような、シメントリーな振りを見せて、しかもより優雅で柔らかく繊細だ。指先まで血が通って、体中が翼になったよう。途中まで地を這うような動きばかりだったのが、天から引っ張られているように高らかに生きる歓びを歌い上げている。陳腐な表現だけど歌うようにリズミカルに踊っているのだ。そして自分が気がついていなかった、生まれ持った高貴な美しさを始めて認識した王子。
スワンたちが去った後の、地面から解き放たれて自由になった王子の伸びやかな舞。内にこもっていたかのようなスワンクバー後のシーンとは対照的に、外へ、外へと広がっていくような、生の実感に満ち溢れた希望を放っている。まるで初めて彼自身に本当の朝が訪れたかのような。
3幕のザ・ストレンジャーは“ナチュラル・ボーン悪魔”って感じで罪悪感のかけらもなく軽やかに誘惑のゲームを楽しんでいる。王女たちをたらしこんではいるけど、本気ではなく彼女たちの欲望に火をつけて高笑い。彼女たちに身を預けている振りをして、余韻を残しながらもすっと引く。フェロモン過剰、エロス過剰なんだが、ねっとりしているわけではなく、いい意味で軽く明るい。額に黒い線を描いてザ・スワンを模した振りの所は悪魔的で、禍の神という印象もあり、身震いさせられた。
ジェイソン演じるストレンジャーは、その役名の通り、“異形の者”という印象が鮮烈だ。お高く止まっている上流階級のパーティの中に紛れ込んだ、黒い羊。ダークなルックスの彼は黒い染みのように際立ち、存在感を誇示する。
ストレンジャーと女王のPDD。今回の女王のオクサーナ・パンチェンコは「私は女性としてまだまだ現役なのよ」と常に物語っている存在。若く美しく艶っぽく、反面母親としての自覚が希薄で冷たい。このPDDは、クラシック版の白鳥だと「黒鳥のパ・ド・ドゥ」としてオディールが持てる魅力のすべてを艶やかに振り撒き、王子を誘惑していく踊りだ。オクサーナの華やかで優雅な踊り(アームスの使い方などはまさに黒鳥)は、オディールを思わせる。私はこんなにも美しくて高貴な存在でオンナとして最高なのよ、最高の男を手に入れてしかるべき存在よ、と誇示するダンス。ストレンジャーはそんな女王の感情を巧みに盛り上げていき、毒牙を絡めつけている。
そして王子とのPDD(タンゴ)へ。ここでのストレンジャーは、挑発的で戦闘的だ。王子に何かをけしかけるように、噛み付くように挑みながら攻撃的な小刻みステップを踏む。堕天使のような悪魔。怯える王子はここから壊れていく。
嘲笑される王子。もともとこの舞踏会では、彼に優しい顔をしてくれる人なんかひとりもいなかった。彼の孤独がここで際立つ。ストレンジャーの高笑いは、いたって無邪気なだけに王子をさらに深く傷つけるものだ。首藤王子は繊細で高貴、ガラス細工のようでいともたやすく心が砕け散ってしまう。その心が砕け散る音が聞こえた気がした。
男女対抗ダンス合戦。ここでのストレンジャーは、本来のガキ大将キャラに戻って、楽しそうにのびのびとステップを踏む。女性陣が踊っている時の腕フリフリのポーズなんか、イケイケで最高!
4幕のスワンたちベッド下から登場の後、目覚めてベッドの周りで混乱して踊る王子。心を千々に乱された王子の踊りが2幕のザ・スワンの動きをたどる。放物線を描く足の動きの美しさは、またしてもザ・スワンをはるかに超えるもの。
ジェイソンの魅力が一番発揮されているのは4幕だろう。2幕のやんちゃ坊主や3幕のナチュラルボーン悪魔とは打って変わって、とても懸命で優しく哀しい存在。若くて美しくて元気にあふれた青年が、ボロボロに傷つけられて瀕死になってもなお、王子を守ろうとする。ザ・スワンと王子の間の感情は愛であることには変わりはないのだが、愛といってもブラザーフッドというべき友愛がここにはある。(たとえばヘススのスワンは間違いなく性愛なのだ)
ジェイソンのスワンは他のスワンの誰よりも哀しい。王子の命は自分の命よりも大切なもの、彼が死んでしまえば自分は生きていても仕方ない、彼を守るためには自分の身がバラバラにされてもいいという気持ちが感じられた。あまりにも哀しみを満ち溢れさせたザ・スワンと王子の視線。ジェイソンも首藤さんも瞳に大粒の涙を湛えている。首藤さんにいたっては、瞳の奥に深い泉があって、とめどなくあふれ出てくる涙を止めることができないという按配だ。二人とも目力が強いだけに、しっかりと二人を結ぶ絆が目に見えてくる。何度も死に瀕しながらもそのたびに渾身の力を振り絞っていくザ・スワンだが、そのたびに少しずつ弱々しくなって、最後の天を仰ぐところでは崩れ落ちるように倒れていく。
ザ・スワンが消えた後おろおろとベッドの上で彼の痕跡、残り香を捜し求める王子。彼が死んだことを知った彼は魂の抜け殻となり、スワンズの一員(通称とどめスワン)の一撃でその苦悩から永遠に解放される。それでも、死後の世界で幸せになってよかった、というよりは果てしなき哀しみ、彼の幸せになれる世界はこの地上にはなかったという絶望感が重く心にのしかかって幕が下りる。
凄絶なものを見せていただいた。スワンなしの3週間あまり、どうやって生きていけばいいのだろうか。
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