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2005年2月

2005/02/27

マシュー・ボーン『白鳥の湖』初日2月22日

Pht0502222207一昨年熱狂して6回劇場に通い、バレエ鑑賞生活再突入のきっかけになった作品。ヘスス君を追っかけてスペインとかニューヨーク(3回>ばか)まで行ったくらいだから…。

一昨年の6月に韓国で観てからこの作品の映像はほぼ封印していたので、久しぶりに観た気がした。3幕などは、特に黒鳥のPDDの曲を使ったところで「こんな振りつけだったっけ」と思うほどだった。でも改めて観てみると、本当に良くできた作品だと思う。2幕の湖畔の白鳥のシーンはしっかりプティパ/ワイノーネンの元振り付けを尊重しながらも見事に換骨奪胎しているし。3幕黒鳥のPDDを、ミュージカルの男性軍vs女性軍のダンス合戦に変えているという発想が独創的だと認識を新たにした。

気になるスワン/ストレンジャー役だが、ジェイソン・パイパーはとりあえずルックスがワイルドでとても良い。濃い人好きなんで。小柄で、シャープな狼か猛禽類を思わせる白鳥だった。クラシックのダンサーではないので、上半身、特に背中がちょっと堅いかな、と思わせるところもあったけど、腕の使い方はそれなりに工夫していたと思った。身長の割に手が長いし。クラシック・ダンサーではないと聞いて期待していなかったというのもあり、無難に踊っていたという印象。
3幕のストレンジャーには艶があり、視線の使い方が危険な魅力を放って性的な魅力があった。これから踊りこんでいけば、ザ・スワンの方も良くなるだろう。

王子役のクリストファー・マーニーは踊り、演技ともとてもよかった。踊りに関してはこっちの方がこなれているし、ある意味この作品の主役である王子を感情豊かに、哀しく演じていた。王子にいかに感情移入させるかがこの作品のポイントだと思うのだ。体も柔らかく小柄ながらも綺麗。でも、髪の毛がちょっとやばいかも。地肌が透けて見える王子…

クラシック・バレエを見慣れている目には、ニュー・アドベンチャーズのダンサーの踊りには違和感がある向きもあるかと思うが(クラシック出身者は半分以下)、でもこの演目にはこのダンスでいいとおもう。2幕の4羽の小さな白鳥の踊りも前回より弾けていて楽しかった。 録音テープのテンポには違和感があったけど。

前回との振り付けの違いは、1幕のオペラハウスのシーンとスワンク・バー、それから3幕の黒鳥PDDのところなど。1幕は見慣れているせいか前回の方が良かったと思う。黒鳥PDDは今回の方が踊りが派手になっていて、見せ場っぽくなっていた。3幕の各国の王女たちの衣装は、より露出度が上がってちょっと品がないけど、女王(オクサーナ・パンチェンコ。好演!)の深紅の衣装はとても綺麗だった。 3幕はよりエロティックに、欲望露になっていたという感じ。4幕のザ・スワンや王子たちに加えられる暴力が容赦なくて、頭突きされるわ、かじられるわ、すごい。より獰猛になった白鳥たちを観たという感じだ。

とりあえず、また通いつめるうちにはまっていく予感。(あと6回観る予定)

2005/02/26

『オペラ座の怪人』ジェラルド・バトラーに夢中

今回の映画化は賛否両論だったし、ブロードウェイで2回舞台を観ていてオリジナル録音のサントラも聴きこんでいる自分としてはけっこう不安だった。

実際、アンドリュー・ロイド・ウェーバー本人がプロデュースしているということもあって、映画は舞台そのまんまという感じだ。映画的な工夫が少なくて、イマジネーションの広がりがない。観ながら想像力の翼を広げられるのは、ヴィジュアル要素の少ない舞台の方だろう。帰宅後改めてオリジナル録音サントラを聴き返したら、台詞までほとんど同じだった。映画で新しく加わったシーンは、怪人の幼年時代@エレファントマンとラウル水没、ラストのお墓のシーンくらいだろう。映画にするんだからもっと派手に大仰にケレンみたっぷりになるかと思ったらそうでもない。

でも、この映画気に入ってしまったのだ。
なんといっても、怪人役のジェラルド・バトラーに尽きる。ブロードウェイでは人気俳優のラウル役パトリック・ウィルソン(以前「フル・モンティ」の舞台版で観た)や、METオペラで歌っていたというクリスティーヌ役のエミー・ロッサムと違って本職の歌手ではない。私がブロードウェイで観た時のハワード・マクギランのほうがどう考えても歌がうまい。でも、バトラー怪人イイ!のである。一つには、えらく男前であること。マスク姿が似合うし、片側のマスクから覗く深く哀しみを湛えた瞳がきれい。怪人というにはマスクを外した顔でさえハンサムすぎるかもしれない。しかし、この怪人というロマンティックな狂人の悲しさ、情念をうまく表現できていると思った。舞台より“生身の人間の感情の揺らめきと哀しみ”がひしひしと伝わってくるのだから大したものだ。歌は上手ではないが、怪人の持つゴシックなロックンローラーぽいイメージにマッチした太くてかっこいい声の持ち主である。
クリスティーヌ役のエミー・ロッサムはやや線が細いけど、澄んだきれいな声を持っていて、若くて無垢ゆえのちょっと青いエロスみたいなものを感じさせてくれて適役だと思う。二人の男性の間を揺れ動く彼女のキャラクターって実は「たいしたタマ」なんだけど。 あれでは怪人があまりにも憐れだ。

美術の方は、もっとすごいことになっているかな、と思っていたがまずまず健闘しているという範囲。怪人のトレードマークである深紅の薔薇に黒いリボンの使い方は耽美的で素敵だし、ドンファンで登場した時のマスクのデザインはカッコいい。オペラ座のバレリーナアたちの衣装は可愛いし、なんといっても地下の怪人の住処の怪しげな感じが気に入った。自分の顔にコンプレックスを抱きながらも鏡だらけというのがナルシストな感じ。マントを翻させたり、胸をはだけたシャツを愛用したり、相当自己愛が強い怪人だ。彼が長年こつこつかけて飾りつけた地下室のゴテゴテとゴシックな雰囲気、好きだ。極めつけはクリスティーヌの等身大花嫁姿フィギュアだろう。変態的でゾクゾクしちゃう。コルセットに白いガーターベルトですぜ、旦那。

言ってみれば少女マンガの世界なんだけど。

それにしても、なんで私はこの「オペラ座の怪人」の物語にこんなに惹かれてしまうのだろうか。世の中のすべてを呪い地下に潜むy怪物が唯一見つけた心の拠り所、わが身のすべてを捧げつくす報われない愛。手に入れるためにはどんなに悪いことだってしてしまうのに、この姿ゆえに決して愛されない。わずかばかりの希望を抱いただけにさらに地獄と絶望に突き落とされる。人一倍自己愛が強くてナルシストで、燃え滾る情念とルサンチマンの塊で…。その地獄よりも深い歪んだ愛を見せ付けられるだけに、ラストでは号泣してしまう。

とりあえずジェラルド・バトラーの過去の出演作はみんなチェックしなくちゃ。『タイムライン』『トゥームレイダー2』『サラマンダー』『ドラキュリア』みんな微妙そうな作品ばかりだ(笑)。『ドラキュリア』でのドラキュラなんかすごく似合いそうなだけに楽しみだが。 この人は多分静止画より動いているところが素敵な気がする。

2005/02/24

ハンブルク・バレエ『眠れる森の美女』2/17続き

3幕、へザー・ユルゲンセンが踊る善の精とデジレの踊りから。へザーはとても端正できれい。デジレはまず悪の精たちをやっつける。けっこう本格的に戦っちゃっている。眠っているオーロラのベッドを見つけたデジレはするすると登っていって、じっと彼女を見つめる。イリったら、熱っぽい視線がとてもせつない感じ。でも、唇にキスしないで手を取って接吻するところが控えめで慎ましやか。目覚めたオーロラがベッドを降りてデジレと愛らしく踊り、自分から「あなたを待っていたわ」とキスするところが素敵。

そしていよいよクライマックスの結婚式。またリアブコの式典長が仕切りつつも、華やかな舞台が繰り広げられる。デジレはジーンズを脱がされて王子っぽい衣装を着させられるけど、これがまたちょっと「七五三」ぽくて微妙な感じ。でも、ハンブルク・バレエは衣装がとてもスタイリッシュでちょっとデカタントで美しい。中でも、女性陣の深紅のドレスが、アーリア人的な彼女たちの容貌に映える。
パ・ド・トロワを踊ったラテン系の若いティアゴ・ボーディンがとてもいい。くりくりした髪型が可愛らしいけど、力強くて柔らかくて印象的だった。

そして真打ち、リアブコの青い鳥!これがもう、ため息が出るような、本当に飛び去ってしまいそうな、”青い鳥”そのものの。手先をひらひらさせて、羽根のように軽く高く舞うその姿を見ているのは至福の時だった。プリエのやわらかいことといったらもう!足音一つせず、ぴんと伸びた足先。脚さばきの軽やかさ。もはや人間ではない。踊りの精だ。さっきまで式典長としておどけていた人とは到底思えない。

それだけに、デジレ王子とオーロラのパ・ド・ドゥはちょっと弱く感じられてしまった。3回のフィッシュダイブ、どれも「落っことすんじゃないか」とひやりとさせられてしまった。どうやらイリは風邪から快復しきっていなかったようで、本調子ではなかった様子。その後のヴァリエーションでは調子を取り戻していたけど。

結婚式の熱狂が続く中、デジレはぐるぐると浮かれたように踊っている。まわりの人々や景色が消えていき、気がつけば彼は一人。夢の中に取り残されていたのだ。胸が締め付けられる。イリは悲しくロマンティックな狂気を秘めた青年を演じさせると本当にせつなくて、こちらの息も苦しくなってしまうほど。

夢から覚めた彼の視線の先には、オーロラとそっくりの若い女性が眠っている。そして再び恋の始まり、物語の始まり…

この物語は、3人の守護天使-デジレと善の精とカタラビュット-に見守られる女の子の成長物語にも思えるし、時を越えた想いを叶える青年の心の旅とも言えるし、お伽話のように結婚式で終わるのではなく、続いていく人生と恋を伝えているようにも思える。

しばらくはこの「眠り」を想うだけで胸が熱くなって醒めない。

2005/02/23

ハンブルク・バレエ『眠れる森の美女』2月17日18時半(その1)

チャイコフスキー三大バレエの一つである『眠れる森の美女』は実はあまり好きではない。中身がなくて無駄に長い。「眠り」と略されることが多いのだが、実際観ていても寝る可能性ナンバーワンのバレエなのだ。去年観た新国立劇場の「眠り」はキーロフのプロダクションを持ってきたのはいいのだが、群舞の人たちのカツラがピンクとか緑とかのおかっぱ頭で、コントかと思ってしまったほど。笑いをこらえるのが大変だった。3幕はにぎやかなのはいいけど赤頭巾ちゃんとか長靴をはいた猫のようなおとぎ話のキャラが出てきて幼稚っぽい。大体、2幕までヒロインはろくに登場しないで寝ているだけじゃん!

でも、ノイマイヤーが振付けている作品だから、今回のはただものであるはずもないのだ。そして実際、想像をはるかに超える作品であった。思ったよりプティパの元振り付けが残っていたけど、ノイマイヤーが翻案した部分がやっぱり面白い。

「眠れる森の美女」というタイトルではあるが、実際の主人公はデジレ王子。現代を生きる若者である彼はジーンズを穿いている(このジーンズ姿がカッコいいかどうかは、かなり微妙だけど)。デジレは100年前の世界に迷い込んでしまい、オーロラ姫の成長をまるで守護天使のように見守るのだった。

女王にはなかなか子供が生まれない。情緒不安定になる女王。
オーロラの誕生を祝う踊り。宵の明星、水星、月、流れ星、火星そしてあけぼの、と星を象徴した踊り子たちがパートナーと一緒に登場する。『ニジンスキー』でロモラを熱演した美しいアンナ・ポリカルポヴァがここで「火星」として登場し、また真っ赤なチュチュで艶やかに踊った。

やっと生まれたオーロラに呪いをかける悪の精は、赤ちゃんをブンブン振り回す。大丈夫なのか?ゆさぶられっこ症候群になっちゃう。オーロラを守ろうとするデジレ、そして善の精。
悪の精とその手下たちの衣装や振り付けが強烈。全身タイツにいばらを巻いた妖しい衣装。蜘蛛のような動きを見せながらぴょんぴょん跳ねる手下たち。

「眠り」のオーロラ姫は寝ているだけで、キスしただけの王子様を愛して結婚してめでたしめでたし、という原作はしょうもないと思ってしまう。が、ここでは、オーロラ姫のやんちゃな少女時代がいっぱい登場して目を楽しませてくれる。宮廷のダンスマスターであるカタラビュットに抱えられて足をバタバタさせ、肖像画に落書きをしちゃうオーロラ。

アレクサンドル・リアブコ演じるカタラビュット、その存在のすべてが眼福。いたずらっ子のオーロラに振り回されオロオロするのに、ダンスのお手本を示す時には白タイツでエレガントにバーレッスン。ムキになったかのように超高速でタンデュ。足先まですっと伸びて綺麗!でも可笑しい!オーロラに本でぶたれて頭から星を出しちゃうし。

オーロラの16歳の誕生日には、4人の王子たちが求婚しにやってくる。有名なローズアダージョでオーロラは登場するのだけど、主役のようにカタラビュットが先に登場するのが可笑しすぎ!そう、カタラビュットは式典長でもあるのだ。デジレのソロに続き、リアブコの踊りの本領がここで発揮される。重力がないかのようにふわっと舞って、一瞬空中で止まる。空に吸い上げられているかのよう。
(それにくらべると、オーロラ役のシルヴィア・アッツィオーニは踊りは綺麗なのだけどちょっとバランスが弱い)

4人の王子たちの求婚のダンス。一人一人から花を受け取るオーロラだけど、エジプトの王子が抱える真っ赤な薔薇だけはなかなか手に取ろうとしない。エジプトの王子(カースティン・ユング)が見るからに妖しげでセクシーで危ない薫りを振りまいているのだが、そう、彼こそが悪の精の化身なのである。なんともいえない胡散くささが素敵。オーロラは拒絶しながらもエジプト王子の薔薇に好奇心を隠せない。いたずらっ子の彼女は、こういう悪~い雰囲気に思わず惹かれているのだ。彼が悪の精だと見抜いてオーロラを守ろうとするデジレ。デジレの姿はオーロラには見えず、エジプト、オーロラ、そして透明人間デジレの三つ巴の踊りが官能的でスリリング。デジレが必死に止めようとするにもかかわらず、ついに薔薇の棘を手に刺してしまい意識を失うオーロラ。衣装を脱いで悪の正体を現すエジプト(ズルッと衣装を脱ぐのがちょっと笑える)。城は深い眠りに包まれ、いばらで覆われる。

長くなったので続きはまた。

2005/02/22

明日から白鳥祭りだよ

まだハンブルク・バレエの圧倒的なきらめき『眠れる森の美女」について語ってもいなければ、
オペラ座の怪人の怪人役ジェラルド・バトラーの萌え萌えで、彼の過去の出演作が、これが揃いも揃って「トゥームレイダー2」「タイムライン」「サラマンダー」「ドラキュリア」としょうもない映画のオンパレードなのでけど、頑張ってみるわよ。TSUTAYA半額クーポン送られてきたし。

夏にニューヨーク行ったときにまた本場の怪人に会いに行きたいけど会えるのかしら。

で、明日からマシュー・スワン祭りだよ!もうタイへん! http://www.bunkamura.co.jp/orchard/event/swanlake/index.html
生き抜くことができるかしら、あたし、

2005/02/15

東京バレエ団『ラ・シルフィード』2月13日

パリ・オペラ座の新エトワール、マチュー・ガニオ(私の周りでは通称蟹゛男と呼ばれている)が主人公ジェームズ役を演じた舞台。シルフィード(空気の精)は斎藤友佳里。

マチューは弱冠20歳で、両親とも名ダンサーというサラブレッド、かつ大変な容姿端麗。しかし、去年のルグリのグループ公演でで彼を観たとき、正直言って「これでエトワール?」って感じで(オーレリ・デュポンと「エスメラルダ」を踊ったのだが、ぐらついてた)今回チケットを取っていなかったけど、木村和夫さんがマッジ(邪悪な魔女)の役を演じると聞いて、急遽チケットを落札。

マチュー、頑張っていた。去年から相当成長した感じがする。手足が長くてきれいで、ほっそりしているから跳躍も軽やかで高い。足音は大きめだが。回転モノはまだちょっと弱いかも。細いので安定感がないように見えてしまうのかもしれない。足先とか手の先の動きが綺麗。5番での着地がとてもきれい。もちろん、大変容姿は美しいのだけど、顎が長めの上ちょっと口ぽかん、って感じのときが多かった気がした。ジェームズは結婚を目前に控えているのに、空気の精に魅せられて、最後にはすべてを失ってしまう間抜けな男性なのだが、いかにも世間知らずのお坊ちゃん然とした若いマチューに合っていたと思う。よく考えてみるとジェームズって情けない役だし、婚約者のいる相手を誘惑しちゃう妖精というキャラクターもどうよ、というストーリーなのだが、マチューがやると若さゆえの過ち、と感じられて許せる。タータンチェックのキルト衣装も似合っていた。

ユカリーシャはまさに空気の精みたいに本当に軽やかで、足音もまったくしなくて良かったと思う。長年この役を踊っているので、安定感はさすが。が、マチューの相手役には少々年を取りすぎている気がしてしまった。妖精とはいえ、かなり妖艶で流し目だしまくり、なのでイノセントな感じがしない。

実は最初にこの演目のチケットを買っていなかった理由として、ロマンティックチュチュは脚があまり見えないので好きじゃないからというのがあって、実際観てみても、脚が見えないのでつまらない、と感じてしまった。1幕に登場するタータンチェックの衣装はとても可愛い。群舞で男性も女性もみんなタータンチェックで、男性のキルトがひらりひらりとまくれあがるのも変わっていて面白い。(本来はキルトって下着を着けないもので、戦いの時に敵を威嚇するためにビローンとめくるらしいのだが)

婚約者エフィ役の井脇幸江さんはとても可憐かつ凛としていて、脚さばきもとても良かった。エフィにはシルフィードが見えていないので、恋人の心変わりの原因がわからないのが本当にかわいそうな感じ。
パ・ド・ドゥは長谷川千佳子さんと大嶋正樹さん。ふたりとも踊りがこなれていて良かった。特に女性のヴァリエーションは細かいパで踊りこなすのが大変だと思う。
あと(実はこれが目当てだった)マッジ役の木村和夫さん、最高だった。すごく役を楽しんでいるみたいで、老婆メイクなのにしっかり木村さんだとわかるのが笑えた。付け鼻、付け爪、長髪のカツラ。腰が曲がっているのに、回転がとても正確で美しいのがポイント。ラストの嘲笑がいい。

わりと東京バレエ団はコール・ド(群舞)が揃っていなくて足音がうるさいという印象があるのだが、今回は足音も気にならず、1幕のタータンチェック軍団の踊りは圧巻だったし(古川さん、中島さん、小出さんといった主役級のダンサーもまじっていた)、2幕のシルフィードたちもふわふわとした浮遊感があって揃っており、よかったと思う。ここはかなり多くの実力派ダンサーが退団してしまって、そうの薄さが気になっていたところだったが、心配するに及ばず、と思った。

2005/02/13

『ボーン・スプレマシー』The Bourne Supremacy

マット・デイモン苦手である。やっぱり“ジミー大西”の刷り込みが効きすぎたせいだろうか。『リプリー』の時の気持ち悪い役づくりが印象に残りすぎたからだろうか。しかし顔が良くないのにこの人は売れている。『オーシャンズ12』にも出ているし、『インファナル・アフェア』をマーティン・スコセッシがリメイクする企画にも、アンディ・ラウの役で出演するとのこと。ちなみにトニー・レオンの役で出演するレオナルド・ディカプリオは数年前にフィリップ・シーモア・ホフマンに似ていることに気がついてから、フィリップ・シーモア・ホフマンにしか見えなくなった。

でも、この映画はちょっと観てみたかった。前作の『ボーン・アイデンティティ』も面白かったし、本作の監督は『ブラディ・サンデー』のポール・グリーングラスだしすごく評判も良い。

渋い映画である。凄まじいカーチェイスがある以外は、アクションも派手ではない(武器ではなく、素手と頭を駆使したもの)、台詞も非常に少ない。デイモン演じるボーンはすげえストイックで、まさに殺人マシーンって感じだ。静から動への一瞬の切り替えが緊迫感を生む。顔には難ありだが体はマッチョに作りこんであって、体の動きの切れが実によい。感情もほとんど表に表さず、それだけにラストのネスキーの娘とのエピソードがエモーショナルなクライマックスへと収束させることに成功している。

撮影も彩度を落としていてスタイリッシュなんだけど、問題はカーチェイスやアクションシーンのカット割が非常に細かいこと。あまりにもめまぐるしくて観ている側が、一体何が起こっているのかわからなくなってしまう。クライマックスのカーチェイスは迫力がとてもあるので、ここまでカットを割らなくても十分疾走感や緊迫感を伝えられるのに、と思った。

それにしても、スパイというのは本当に一瞬の判断力がモノを言う職業なんだな、ということがよく描かれている。乗っている車が川に転落したら、車内の上部に残った空気を吸う。一緒に転落した恋人の息がもうないことを確認したらキスをして手を離して永遠の別れをする。窮地に追い込まれたときに身近にある意外なものを武器として使う。

一方、CIAの人々はボーンに振り回されっぱなしだし相当マヌケ。その中でジョアン・アレンは自分なりの正義を貫き通そうとしていて好感の持てるキャラクター。相変わらずカッコいいおばさんである。ジュリア・スタイルズって前にもまして不細工になっているなあ。フランカ・ポテンテも老けたし、綺麗な女の人はラストに登場するネスキーの娘だけ。(ロシア人のバレリーナらしい)

あと、ボーンを追跡するエージェントのお兄さん、どこかで見た顔だと思ったら『ロード・オブ・ザ・リング』のエオメルの中の人(カール・アーバイン)だった。濃い目の顔立ちがちょっとワイルドでセクシーなんだけど、ニュージーランド人とは。(ドイツ語やロシア語も喋っていた)

スパイ関係の映画ってヨーロッパを舞台にしているのが多い。悪役に東ヨーロッパ、特にロシア系という設定が一番無難なんだろうな。でも、ヨーロッパの街の風景を映画の中で観られるのはいい。思わず日本を捨てて移住したくなる。

細かすぎるカット割りという問題はある。恋人を殺され、ヌレ衣を着せられたり記憶の断片に悩まされながらも、終始クールなボーン。そのクールさが、内面に抱える闇の深さを感じさせるけど、3部作のうちの2作目ということで、まだ彼自身の決着は先に延ばされたという感じが強い。
でも、この禁欲的な雰囲気は割と好き。

超バレエ貧乏

今年はとにかく来日公演が多くて、本当に大変なことになっている。
今月は2万円超のハンブルク・バレエ2演目、明日は東京バレエ団&マチュー・ガニオの「ラ・シルフィード」、そしてマシュー・ボーンの「白鳥の湖」がはじまる。当初とっていなかった初日も落札しちゃって、結局6回も観る。バカだ。
その間にH・アール・カオス。Kバレエの「白鳥の湖」とか、東京バレエ団&シルヴィ・ギエムの「マルグリットとアルマン」。新国立劇場の「眠れる森の美女」(ニーナは来られるのか?)
そして7月のロイヤル・バレエで2演目。エトワール・ガラ。一番恐ろしいのは、ABTの東京公演のチケットを全部取ってしまったことだ。
さらに、観るだけでは飽き足らず習い始めてしまったので、もうこれは完璧に人間辞めますか、って感じだ。

真面目に働いて、地味に生活しようっと。


2005/02/11

南セントレア市、なんだそりゃ~

私は愛知県出身なんだけが、子供の頃、名古屋在住の祖父母や従兄弟たちと夏休みに必ず海水浴に行ったもの。南知多町の山海(やまみ)というところ。子供時代の幸せな記憶として残っている。別にどうというところではないけど、海水浴といえばここだった。 のどかでいい町である。

ところで!この南知多町が最近新聞やニュースをにぎわせている。
南知多町と美浜町が合併して「南セントレア市」というアホな地名になるというのだ。小さいころの思い出が否定されたみたいで悲しい。

それも、この新しい市にあるわけではなく、別のところ(大府市)にある中部新国際新空港の名前を取って、その南にある市って自分たちのアイデンティティはどこへ~?って感じ。別の市にある空港側も困惑しているみたい。
http://stop-minami-centrair.seesaa.net/
商標権は空港が押さえているので、南セントレア市の人が「セントレア饅頭」とか作って売ったりできないしね。

そして今日「とくダネを見ていたら、地元町民も「こんな地名恥ずかしくていえない」「セントリャ~なんじゃそれは」(名古屋弁なんで)って反応。
新しい市名を公募したのに、公募結果を一切無視して合併評議会で決めたんだって。しかも当て字で「遷都麗空」ってなんか暴走族みたい。
さすがに撤回になったみたいだけど、合併して生まれる市町村の名前ってろくなものないよね。

私は以前練馬区に住んでいて、歩いて10分くらいで保谷市だったんだけど、ここも合併して西東京市という味も素っ気もない地名になっちゃった。保谷市は市長さんが保谷さんという大地主さんなのよね。(この間の西東京市長選で負けちゃった)
西東京市よりはまだ南セントレアの方がオリジナリティがあっていいような気もするけど。さいたま市というのもひどいよね。

『YUMENO』鎌田義孝監督作品

http://www.netcinema.tv/yumeno/

出演者も監督も無名な作品(しかも暗い話)ってすごく宣伝が大変だと思うけど、こういう映画には頑張ってほしい。まず、撮影が素晴らしい。最初は南北海道のちょっと荒涼とした小さな町で始まり、ラストには北北海道の白い世界と流氷へ。川の中に横たわる青年を捉えたロングショットが映画、って感じでいい。ヒロインのユメノが赤い上着を着ているのは、真っ白な雪の中で存在を際立たせるためだろうか。ロングとアップの使い方をわきまえているシネマトグラフィだ。

実は人殺しを正当化するようなところもなきにしもあらず…という映画は好きじゃない。なので最初のうちは「げ~」と思ったわけだけど(なぜヨシキが夫婦を殺したのか、時制をバラバラにしていることもあって全然わからなかった)、そのあたり、映画が進むに連れてちゃんと事の次第がわかるようになる。時制をばらす手法は、一歩間違えたらディザースターになるんだけどこの映画ではうまくいっているし、ひとりよがりにもならず、難しいことは何もない。

ヨシキとユメノとのストーリーはややありふれた面が感じられなくもなかったが、そこへ、父親に自殺されたばかりの男の子が登場して、この三人が北へ向かうというサブプロットが非常に効果的だ。別に3人の魂が触れ合っているわけではなく、子供にこんな邪悪なことをさせちゃっていいんだろうか、というくらいのことをさせてしまって、さらに最後の方ではその子供にさらに追い討ちのように悲しい出来事に遭遇させて。子供の母の新しい夫役の寺島進、出番が少ないけどさすがの演技。子供役の役者がすごくいい。幼いなりに、すでに世界に絶望している感じが良く出ている。将来かなりの美少年になりそう。ヨシキとユメノ役の二人の俳優も、演技がちゃんと観られるものになっている。日本映画に出ている最近の若い俳優の演技ってひどいものが多いけど、彼らはうまい部類に入る。

共感できない部分もある(監督もトークショーで、ヨシキには共感できないって言っていた)けど、共感を求めていない、ただどうしようもなく荒んだ心象風景が広がっている。そこも含めてよくできた映画だと思った。全体を覆う荒涼とした寂寥感がいい。渋谷シネパレスでレイトショー公開中。

2005/02/09

ゴールデングローブ賞授賞式

アカデミー賞の前哨戦。でも、作品賞がドラマ部門とコメディ・ミュージカル部門に分かれているし、テレビ部門もあるのでちょっと雰囲気は違う。

出席者が宴会テーブルみたいなのについていて、アカデミー賞と違ってアットホームでちょっとカジュアルな感じなのが微笑ましい。テレビ部門もあって、共演者同士がとても仲良さそうなのが素敵。そんな雰囲気の中に、何気にミック・ジャガーとかプリンスとか凄い人がいたりするのが楽しい。

テレビ番組やテレビ映画はなかなか観る機会がないので、ちょこっとでもノミニー紹介の時に流れるのが見られるだけでも面白い。テレビ映画・ミニシリーズ部門のノミネート作品なんて、劇場映画と遜色のない重厚さが感じられるものね。主演女優賞はグレン・クローズだし。

実は助演部門だけ見逃しちゃったんだけど。でもナタリー・ポートマンの服は華やかな授賞式にはあまりふさわしくないような気が。助演女優賞ということだけど、例によってヌードシーンがカットされちゃって脱がないストリッパー役なのよね。

主演男優賞のジェイミー・フォックス。テレビ部門でもノミネートされていたとは知らなかった。スピーチはやや長かったけど最後の方では涙を浮かべておばあちゃんの話をしていて、こちらも感動させられた。
あと、イーストウッドとヒラリー・スワンクの師弟愛を感じさせるスピーチも良かった。ヒラリー・スワンク、髪型はちょっとあれだったけどイーストウッドへの敬意があふれていて良かったね。

受賞に至らなかったけど、ケイト・ウィンスレットが映画の印象と違って?すごくゴージャスで美しかった。スカーレット・ヨハンセンは昔のヴァンプっぽいハリウッド女優のようで、きれいなんだけど若さをあまり感じられない。シャリーズ・セロンが黒髪になっていたのは驚いた。でも美人は何をやっても美しいね。ミーシャ・バートンが顔がかわいいまま、ものすごく背が高くなっていたのにも驚かされた。モーガン・フリーマンは相変わらず渋い。

ミック・ジャガーのスピーチは「最近僕売れていないから晴れ舞台に出られて嬉しい」なんてなかなかの冗談を飛ばしていた。
セシル・B・デミル賞のロビン・ウィリアムズはおよそ受賞スピーチらしくない、ジョークいっぱいのものだったけど楽しかった。自分の子供たちと一緒だったけどみんな可愛かった。でもロビン・ウィリアムズってちょっと邪悪な感じがしていいんだよね。

これを見る限りでは、やっぱり「アヴィエイター」と「ミリオン・ダラー・ベイビー」「サイドウェイ」の三つ巴の争いって感じなんだろうか。

2005/02/06

ハンブルク・バレエ『ニジンスキー』2月3日

凄すぎるものを観てしまった。

ジョン・ノイマイヤー振付による、20世紀初頭の天才ダンサー/振付家ニジンスキーの生涯の物語。バレエ・リュスの団長ディアギレフの愛人となり、船上で出会った(グルーピーのはしりのような)ロモラと結婚したことで解雇され、29歳の時に踊ったのを最後に発狂して後半生は精神病院で過ごした男。本作は、最後の公演から自分の創造したキャラクターたちと前半生を振り返り、後半は狂気の世界に陥りながら世界の狂気を見つめるニジンスキーを描く。

イリ・ブベニチェクのニジンスキーは純粋ゆえの凄惨な狂気を感じさせて凄みがあった。男性的なのに危うい、こわれてしまいそうな感じ。リアブコの薔薇の精は艶やかで官能的、花びらをばらまいたかのように、むせ返るようだ。そして金髪の冷たい美貌のウルバン演じるディアギレフは黒いシルクハットが似合い、残酷で悪魔的な退廃美。牧神のパ・ド・トロワは妖しい。イリの双子の弟オットーは牧神のメイクが似合いすぎ。ポリカルポヴァのロモラの真っ赤なドレスと金髪が女優のような古典的な美を感じさせた。アンサンブルにいたるまで一人一人のダンサーのテクニックが高くて、恐ろしいほど。

戦争の狂気をニジンスキーの狂気に重ね合わせた2幕はあまりの凄まじさに圧倒された。狂っている人の頭の中はこんな風になっているのか、と。小柄でまるで子供のような服部有吉のスタニスラフ・ニジンスキー(とニジンスキーの内面の影)も凄かった。人間離れしたピュアな存在感があって、取り憑かれたように飛び回っている姿には驚かされた。ショスタコーヴィッチの音楽(シンフォニー11番)がぴたりと合っていて。病んだニジンスキーをロモラが橇に乗せて引きずっていき、彼を支えようとするが兵士たちに嘲笑される。そして夥しい死体の山。

この舞台って、情報量がものすごくて、1回観ただけでは自分の頭の中の容量が追いつかないというか、観なくてはならないものが多すぎて。本当にものすごいものを観たと言うか、言葉にはできない凄さでもどかしいくらい。
もうノイマイヤーはこの作品を封印してしまうというが、せめて映像ででももう一度観たい。

2005/02/01

『ベルリン・フィルと子供たち』Rhythm is it!

バレエを習い始めたところだし、ダンスっぽい気分の映画を観たいと思い、観よう観ようと思って今まで観ていなかったドキュメンタリー映画『ベルリン・フィルと子供たち』を観に渋谷ユーロスペースへ。渋谷に映画を観に行くのは久しぶりだ。というか今年初めて。

時間ぎりぎりに行ったせいか、ユーロの小さい方のスクリーンはなんと満席で座布団を持って立ち見する羽目に。

ベルリン・フィルの芸術監督に就任したサー・サイモン・ラトルが、2002年に教育プロジェクトとして、250人の子供たちがストラヴィンスキーの「春の祭典」に合わせてバレエを踊るというプロジェクトを実施する。「絵を描くときには絵筆を持たせるのに、クラシック音楽はなぜ席に座って受身で聴かなくてはならないんだろう」というラトルの疑問からこの企画は始まった。振付家はロイストン・マルドゥーム。250人の子供たち(とはいっても8歳から25歳まで年齢は様々)の多くは他の国からの移民や孤児と貧しく、ダンスの経験もまったくない。というわけで、彼らはじっとしていることもできなければ、振付家の指示を聞くこともできない。なんでダンスなんかやらなきゃならないんだ~って感じだ。ところが、厳しく根気よい指導のたまもので、やがて子供たちは失っていた自信やプライドを取り戻し、5週間の後に2500人の聴衆の前でベルリン・フィルと共演し、見事な踊りを見せるわけだ。

経済的にも社会的にも行き詰まりつつあるベルリンにおいて、芸術は自身の存続のために戦わなくてはならないこと、芸術というものが人々の魂を存続させるためにいかに大切であるかを語るラトル。「ベルリン・フィルは特別のものだと思われているけど、色んな人を歓迎したいんだ」という言葉は嬉しい。

逆境にある子供たちが、挫折しそうになりながらも見事に舞台をやり遂げるという筋自体を描いただけでは陳腐に思えるかもしれないけど、音楽とダンスの力が世界を変えられるかもしれないし、少なくとも人々の生き方を変えることができるのでは、という希望を感じさせる。

あと面白いな、と思ったのは、振付家のマルドゥームに対して子供たちも平気で疑問をぶつけるし、教師たちも議論をしたがるということ。ドイツ人の皆さん、立派な振付家だからって物怖じしないでとことん話し合う姿勢はたいしたもの、と感じた。

もちろん、ベルリン・フィルの演奏は力強くて迫力があるのだが、「春の祭典」という音楽が持つ、原始的なパワー、地中からエネルギーがあふれていく躍動感はダンスがあることで倍増するし、子供たちのエネルギーをぶつけた踊りがさらに音楽の力を増幅させている。音楽もいいけど、ダンスもいいな、と思った次第。原題の「Rhythmn Is It!」という言葉の意味を噛み締める。

帰りにHMVで「ニューヨーク・シティ・バレエ・ワークアウト」のDVDを購入。リージョン1の米盤の方が安いんだけど、首藤康之さんのナレーション入りということで、迷った挙句に購入。自分もがんばろうと。

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